第46話 怪盗コキア誕生 取り調べ

 警視庁の刑事たちがを捕まえると、ただちに本庁の取調室へと連れていった。

 トレーラーも警視庁の駐車場へ入り、なかに収められていた絵画も庁内に運び込まれる。

 たま課長から宇喜多の取り調べを委ねられたはままつ駿河するがは、さっそく開始した。


「名前は宇喜多ただかつでいいんだよな。ずいぶんと大仰な名前だが」

 得意顔の宇喜多が答える。

「いい名前でしょう。戦国武将の名前が入っていますからね。私の自慢なんですよ」


「だが、それが本名とは思えないんだがな」

「私が偽銘を使っていると」

「違うのか」

「さて、どうだかねえ。それを調べるのが警察の仕事だろうに」


 浜松と駿河は押収した『魚座の涙』を持ってこさせた。

 そして玉置課長から渡された受信機を取り出す。


「実はこの絵には発信機が取り付けられていてな。窃盗対策だ。そして受信機はもうひとつある」

 受信機を見せられた宇喜多は渋い顔をした。

たかはまの野郎、警察とグルだったのか。道理でやつが帰ってすぐに警察が来たわけだ」


「まあ、高濱はこの際関係ないな。お前が盗品を所持していたことが大問題だ。どこから仕入れた」

「流通経路をしゃべるわけにはいかねえな。美術業界は狭いんだ」

「狭いからこそ、盗品売買をしているやつらを根こそぎしょっぴけるわけだがな」


 取調室のドアが開くと、三課の刑事が浜松に耳打ちをした。


「それは本当か。どこから情報を聞きつけたんだ。いや、なぜわれわれが絵を取り戻したことを知っている」

「なにか問題が起こったらしいな。どうした、盗品を誰かに奪われでもしたのか」

 なにが起こったのか、宇喜多は興味津々だ。


「貴様が所有していた『魚座の涙』に犯行予告があった。お前たちの組織の仕業か」


「さて、どうでしょうかね。名前でも書いてあれば別だが。どうせ今回も名前なんてないんだろう。そんなやつのことを知っているわけがない」

「ほう、前回の予告状に名前がなかったことを知っているわけだ」


「そのくらい、狭い美術業界ではすぐに出回っているよ」

「われわれ警察が箝口令を敷いているのに、か」

「それだけ業界は狭いってことだな。おそらく今送られてきた予告状のことも、すでに出回っているはずだ。そうでなけりゃ絵画を隠す時間がなくなるからな」


「どうしますか、おやっさん。盗まれた品を高山氏に返して、また警備をするのか。今回の予告状の期限が終わるまで警察で保管するのか」

「今回も日時は予告されていないらしい。つまり警察で保管し続ける正当な理由がない。本来の所有者であるたかやま西せいなんに速やかに返還することになるだろうな。そうなれば、再び警備を厳重にする以外、俺たちに打てる手はない」


 宇喜多は明らかにこの状況を面白がっている。

「まあ、また盗まれないように注意するんだな。このご時世、強盗犯はいくらでも現れる。一度狙いをつけられたらガードしきれるものじゃない」

「こっちには発信機がある。これを使えばどこであろうと追跡は可能だ」

 駿河が自信満々に言い立てる。


「まあさすがに海外の電波は拾えんだろう。その時点で俺たちの勝ちだな」

「しかし今回のように日本国内で捕まえればいいわけだ」

「まったく、俺もドジったもんだな。まさかあの高濱が警察の一員だと気づかなかったとは」


 対外的に忍の正体は不動産業を営むたかはまゆういちということになっている。仮によしむねしのぶだと明かせば、義統コレクションと関連づけられて窃盗団に絵を隠されかねないからだ。


「彼は警察の人間ではないんだがな。あくまでもあんたらの逮捕に協力してもらっただけだ」

「けっ、それこそとんでもねえわ。安心して作品が売れねえじゃねえか」

「どうせ売るのは盗品なんだろう」

 駿河がすかさず釘を差す。


「きちんとした作品だって売ってらあ。てめえらが押収したものも、ほとんどがきちんとした作品だ」

「さて、どうなんだか。それより宇喜多、『魚座の涙』をどうやって手に入れた。捜査に協力してくれたら悪いようにはしないが」


「美術品は流通経路こそが生命線なんだ。他人に教えられるものじゃない」

「犯罪に関与していてもか」

「盗品かどうかなんて、俺たち画商には関係ないんでね。あくまでも買いたい人に商品を販売するだけの仕事だ」

 全国の美術商が一斉に反発したくなるような発言である。


「売れれば盗品だろうとかまわない、という姿勢は窃盗犯と変わりないぞ。あくまでも出自のはっきりとした作品だけを扱えばいい。そうすれば警察に捕まることもなかったろうに」

 浜松が理に適った発言をしていると、先ほど速報を伝えた刑事が再び取調室へ入ってきた。


「おやっさん、予告状は高山西南にも送られていたそうです。あと記者室にも」

「おやおや、これでまた盗まれるわけか。『魚座の涙』も難儀なこって」

 駿河はその言葉に引っかかりを感じた。


「宇喜多、お前なにか知っているんじゃないか。たとえばあの絵が盗まれる理由とか」

「理由は知らねえな。ただ、義統コレクションの一枚だとは聞いているが。そういや、元々コレクションが流出していたって話を聞いたな」


「誰から聞いたんだよ」

「それこそ知らねえな。業界じゃ有名な話だと思うぜ。なにせ義統すぐると言やあパトロンとして一流どころだからな。そんなやつが持っていたコレクションなら、そりゃ高値で売れるだろう」

「義統傑ってそんなに有名人なのか」


「警察の情報網も甘いもんだ。ザルと言っていいな。画商としてはぜひ取引したいと手ぐすね引いていたやつが十指は下らねえぞ」

「ということは『魚座の涙』を狙っていたやつもそのなかにいたってことか」


「そもそも『魚座の涙』は十二星座の連作の一枚だ。十二枚まとめて売れりゃあそれだけで御殿が立つくらい儲かるだろうぜ」

「それを知っていてなお、一枚だけ売りつけようとしていたわけか」


「手段は知らないが、一度売っても取り返す手段はいくらでもある、と聞いていた。画商としてはたとえ一枚でも売れりゃいいから気にしなかったが」

 つまり義統コレクションはそれだけ注目が高かったというわけか。

 浜松は予告状騒ぎの原因を見た気がした。





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