第45話 怪盗コキア誕生 品定め

 ついにあの『魚座の涙』と対面したしのぶは、交渉に入る緊張感を感じていた。受信機はこの作品に反応している。


「この絵は誰の作なのですか。とても無名とは思えないのですが」

 は絵が売れそうだと目算しているのか、丁寧に説明する。


よしむねえつというプロの画家です。市場に何枚か出回っています。この作品はその中でもとくに価値のある十二星座の連作の一枚です」

「十二星座の連作、ということは全部で十二枚あるということですか」

 しれっと聞いてみた。あまり構えてしまうと、相手に予断を与える。


「はい、今手元にはこの一枚しかありませんが、画商仲間がそれぞれ何枚かずつ持っております。もしたかはま様がお気に召しましたら、十二枚をまとめて特別価格でお渡しできますが」

「うーん、そうですね。他の十一枚がどのような出来なのか、この目で見てから判断したいですね。他にはどのような作品があるのでしょうか」


「そうでございますね。こちらの絵なんていかがでしょうか。こちらも美術大学生が描いたものですが、かなりの出来栄えだと思います」

「素晴らしい。これが学生の絵とはとても思えませんよ。きっと将来画壇を賑わせるひとりとなるでしょう」


 こちらの狙いをはぐらかすように、他の作品を手放しで褒めた。

 実際、美術大学生としては出来のしっかりした作品であるのは確かだ。


「高濱様はなかなかに目が肥えていらっしゃる。販売する私もやりがいを感じますよ」

 好奇心を駆り立てられたような輝くような瞳を演出し、トレーラーに積まれていた絵画二十枚をすべて見せてもらった。

 やはり義統コレクションは『魚座の涙』以外にないようだ。

 宇喜多の言いぶんを信じれば、組織として別個に売っているようである。

 だが、相応な額を支払えば、十二星座の連作すべてを買い取れると言われている。忍とみずのもとから奪われたものに金銭を支払うのはやりきれない思いがあるが、高山西南のように個人が買って交渉してすり替えるよりは手っ取り早いかもしれない。


「以上が本日お持ちしたすべてです。なにかお気に召したものはございましたでしょうか」


 忍は考えた。

 ここで『魚座の涙』を指定するのは簡単だが、こちらの狙いを読まれるような気もする。

 とりあえず別の絵を指名して、『魚座の涙』以外の連作を引きずり出すのがよかろうか。そのためにも、買わないまでも名指しくらいはしておくべきか。

 だがそうすると『魚座の涙』をロストする確率が高くなるような気もする。


 宇喜多をこの場で逮捕させるとしたら、『魚座の涙』以外の連作を見てみたいと打診すると組織に連作を追っていると知られて隠される可能性もある。

 ということは、別の絵を買ってそれを口実に逮捕させる手順を踏むべきか。


「それではこの絵をお願いしようかな。価格交渉はできますよね」

「もちろんでございます。こちらの絵は美術大学生の作ですが、当人は二十万円を希望しております。高濱様はいかほどでお買い上げになりたいのでしょうか」

「うーん。この絵ならよくて十二万円が妥当だと思いますが」

「画家の将来性を加味していただけますとありがたいのですが」


 そうか、絵の相場だけでなく将来性を意識する必要があるのか。

 そういえば父もパトロンとして絵画の価値以上の値を付けて買い取っていたっけ。


「確かにそれもありますね。将来性を買うにしても、もう少し枚数を見たいところです。偶然の一作は素人でも生み出せますしね」


 ここで二課の刑事が割って入った。


「社長、そろそろ次の取引先へと向かいませんと」

「わかっているよ。じゃあその絵を十八万円でどうかな」

「まあ、いいでしょう。それでは十八万円でお売りいたします。支払いは現金ですか、小切手ですか」

「小切手ですね」


 ジャケットの内ポケットから特殊な小切手を取り出した。

 仮にこの場を逃げられても、小切手を換金する際に逮捕できる。

 まあそれも闇バイトで集めた出し子にまかせるのだろうが。


「それでは十八万円、と」

 小切手にすらすらと数字を書いて、印鑑を押した。そうして小切手を振り出すと、宇喜多は絵を包んでいった。

 これで交渉成立だ。


 後はこのトレーラーを出て程なく警察が突入すれば宇喜多に逃げ場はなくなる。

 宇喜多に小切手を渡すと、絵画を入れた包みを手渡された。

「またお買い求めの際には、ぜひご用命くださいませ。今度はもっと高濱様のレベルに会った作品を厳選してお持ちいたしますよ」


「ありがとうございます。その際もお手柔らかに願いますよ。それじゃあお前たち、車を降りるぞ。お前はこの絵を持ってくれ」

 二課の刑事に横柄な口を利くのは憚られるが、そうしないと宇喜多は信用しないだろう。


 忍たちが車を降りると、玉置課長が受信機と無線を片手にトレーラーへ近寄ってきた。


「義統くん、お疲れさま。あとはまかせてくれたまえ」

 その言葉を聞いたかのように、公園の隅々から刑事が湧いて出てきた。

 たとえ犯罪組織に属しているとしても、これだけの警察を振り切れるはずはない。


 宇喜多は終わった。

 あとは玉置課長たち三課の刑事が、背後関係を聞き出すのみだ。それで義統コレクションの行方もわかるし、他の盗品も押収するチャンスが到来することにもなる。


 玉置課長はトレーラーに歩み寄ると、後部ドアをノックした。

「すみません。お話があるのですが、降りてきていただけませんか」

 忍たちは任務が完了し、この場を離れた。

 あとは歴戦の刑事たちが本領を発揮するだろう。

 警察に一度目をつけられれば逃げ場はない。

 とくに盗品の現物を押さえられたらぐうの音も出ない。




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