第44話 怪盗コキア誕生 キャンピングカー

 たま課長の指示のもと、昭和記念公園でと接触することとなった。

 ここならいくらでも兵隊を隠せる。キャンピングカーでやってくる宇喜多を包囲するのに適した場所だ。


 ここからはみずと接触できない時間が続く。

 もし画商でもあるパトロンの水田と付き合いがあると知れば、警察はしのぶにも警戒心を抱いたかもしれない。

 まあよしむねコレクションの管理人として警察に紹介すれば疑いも晴れるだろうが、今はまだそうするべきではないと考えている。

 とくに画商という肩書は、義統コレクションの独占を図る者と警察の目に映るおそれがある。


 今はまだ早い。

 最低でも宇喜多を逮捕して、コレクションにまつわる画商を確実に減らさなければならない。

 もし宇喜多が国際美術窃盗団の一員なら、すでに十二星座の連作は海外へ持ち出されていると考えてよい。もし国内の組織であれば、追い続ければいつかはすべてを取り戻すチャンスも訪れる。

 どちらの場合も、まずは宇喜多を確実に確保することだ。

 これからの道のりが険しくなるかは、そのあとになって初めてわかる。


 今はまだ宇喜多の一面しか知らない。流しの画商としてしか。

 陰の社会でどのような仕事に就いているのか。宇喜多が口を割れば、美術界の闇に踏み込むことになる。望むと望まざるとにかかわらず。

 そして、忍が『魚座の涙』を奪還すれば、闇の勢力が怪盗を標的に動き出す。


 忍は義統コレクションを奪還する道へ踏み出そうとしていた。


◇◇◇


 昭和記念公園のベンチに腰を下ろしていると、背後からゆっくりと近づいてくる者がいた。それに気づいた二課の刑事二名が身構える。

 忍はその様子を見てからゆっくりと振り返った。

たかはまゆういち様、お待たせいたしました。画商の宇喜多です」


「お久しぶりです。先週お会いしてからそれほど日も経っていませんが」

「高濱様のご要望だった、無名だけど画力のある絵が欲しいとのたっての願いに叶う絵画をお持ちいたしました」


「えっと。宇喜多さん手ぶらですよね」

「あ、すみません。言い忘れました。キャンピングカーでここまで来たのです。絵画もそのなかにあります。まあ動く画廊とでもいうべきものですね」

「なにか、憧れますね。子供の頃、誰もが夢見た秘密基地。そんなものを連想します」

 宇喜多は微笑む忍を見て相好を崩した。


「秘密基地。確かに私としてはそう考えております。お客様の好みに沿った絵画を厳選してキャンピングカーに載せて移動する。高濱様の言葉を借りるなら動く秘密基地といったところでしょう」

「どのような秘密があるのか。今から楽しみですね。おい、お前たち。ここでしばらく待っていなさい」

 二課の刑事に横柄な指示を出す。


「社長、どちらへ行かれるのですか」

「決まっているでしょう。宇喜多さんのキャンピングカーですよ」

「いえ、社長をひとりにはさせられません。われわれも任務を完遂する必要があります。嫌われたとしても付いてまいります」

 茶番もいいところなのだが、あえて危機を演出しなければ、騙せる者も騙せない。


「高濱社長、心配は要りません。護衛の方々も付いていらしてください。私が社長を誘拐しようとしているわけではないと知っていただかなくては。では、皆様。こちらへお越しくださいませ。キャンピングカーは駐車場に停めてありますので」


 玉置課長の作戦どおりなら、忍が宇喜多を釘付けにしている間にキャンピングカーへ発信機と集音マイクを複数取り付けているはずだ。

 駐車場へやってくると、キャンピングカーというよりも六トントラックの荷台に居住スペースを載せているような車が見えてきた。


「あれがキャンピングカー、ですか」

「想像とはちょっと異なりますよね。ですが、このくらいの大きさがないと絵を飾る場所がとれないものでして」


 忍はカバンの中から受信機を取り出して電源を入れた。

「おや、そういえば前回もお持ちでしたが、そちらはどのような機器なのですか」

「私の警備員の位置がわかるものです。それぞれが今している無線の電波を拾って方向と距離がわかります」


「なるほど。高濱社長ならではの危機管理というわけですね」

「まあ、そんなものです」

 受信機のモニターを見ると、どうやらこのキャンピングカーに『魚座の涙』があるのは確実なようだ。

 少なくともあの作品に取り付けた発信機の電波を拾っている。


「それでは中へご案内いたします」

 宇喜多はトレーラーの後部ハッチを開けると、ラダーを降ろした。


 まず二課の刑事ひとりを先に乗せ、次いで忍、そしてもうひとりの刑事が乗り込んだ。要人警護の基本である前後の危機に対処するフォーメーションである。


「窓はマジックミラーになっています。こちらから外は見えますが、外からこちらは見えません。まあ狭い車内で開放感を得ようと思えばこうなるのは必然なんです」

 確かに外が丸見えなので圧迫感はない。

 それよりも壁にかけられた絵画に目を移した。

 周囲の警戒はふたりの刑事にまかせてよいだろう。


「この絵はなかなかに素晴らしいですね。こちらも無名の画家なのですか」

「さようでございます。現在美術大学で絵の勉強をしている画家です。先行投資としてはまたとない作品だと思って持ってまいりました。お気に召しましたか」

「そうですね。あまり見栄えはしませんが、学生であれば納得できるレベルですね」


「高濱様はお目が高い。それではプロで名の知られていない画家の作品をお見せいたしましょう。前に来ていただけますか」


 案内されてトレーラーの前へと進むと、その正面にあの『魚座の涙』が飾ってあった。


「これは、素晴らしい出来ですね。若干甘いところもありますが、全体的にここまで描ければたいしたものですよ。これが無名の画家の作とはとても思えません」

 ここから宇喜多と忍の化かし合いが始まった。




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