第八章 怪盗コキア誕生

第43話 怪盗コキア誕生 破滅への接触

 一週間後、傷が塞がり始めたはままつ駿河するがは、たま三課長やたかやま西せいなんとともにしのぶの自宅に訪ねてきた。


さんの身元と足どりが掴めたらしいですね、玉置さん」

「やつは結局ビジネスジェットで関西に向かったらしい。現地の三課に話を通して監視させたのだが、どうやら昨日東京に戻ってきたようだ」

 玉置は部下から仕入れた情報を伝えた。


「あと、宇喜多の正体だが、よしむねくんが採取してくれた名刺についた指紋を鑑定したところ、かにたかしという男がヒットした。案の定、盗品売買の前科があったよ。高山さんと二課のふたりにも見せたところ、おそらく間違いないだろうと。義統くんの意見は」


 玉置課長から蟹江崇の顔写真を見せてもらった。

「間違いないですね。宇喜多さんです。まあ本名を知ったところで、交渉には役立ちませんが」

「だが、立ち寄りそうな場所のあたりをつけるのには役立ったよ。義統くんの機転に感謝しなければね」

「いえ、昔観たドラマのマネをしただけですよ」

 忍は左手で後頭部を掻いた。どうにも褒められ慣れていないからこそばゆい。


「となると、宇喜多は義統さんに接触してくる可能性が高くなりますね」

 高山西南は確信めいた言葉を告げた。

「おそらくは。とくに『魚座の涙』の転売は早めに済ませておきたいところだろう。手元に残すとガサ入れに備えて隠さなければならなくなるからね」


「たぶんだが、強盗に入った連中は闇バイトで集めただけだろう。そちらからも追わせてはいる。雇い主を逮捕できれば芋づる式になるはずだ。だから浜松と駿河はおそらく宇喜多には顔を憶えられていないと考えるのが筋だな」

 浜松と駿河は痛々しげに大きなガーゼで傷を隠している。

「ですが、怪我をしているのがバレたら宇喜多に警戒されませんか」


 忍の懸念はもっともだ。いくら顔を知られていないといっても、怪我をしていることがバレれば、警備に当たっていた三課の人間だとすぐにバレてしまうだろう。


「先週お借りした二課のおふた方をお願いできますか。宇喜多は私を不動産業の実業家だと見ていますし、であれば護衛を付けていると判断できますよね。そして護衛が変わっていたら不自然だと思います」


 玉置課長はしゅんじゅんしたようだ。

 まあ二課にも仕事はあるのだから致し方ないだろう。


「わかった。宇喜多が接触してきたら、あのときのふたりを君につけられるよう二課長に頼んでおこう。その代わり、あまり目立つ行動は控えてもらいたい。窃盗を扱う三課と違い、二課は経済犯を主に扱っている。あまり面が割れる捜査にはつけられないからね」


「わかりました。まああれから一週間経っていますし、グアムへは最低でも一週間と言っていましたから、連絡があるとすればそろそろのはずです」

 接触さえできればこちらのものだ。

 あとは交渉次第で宇喜多を押さえてしまえば窃盗団へつながるかもしれない。


 ただ、宇喜多に空の小切手を振り出す必要があるから、偽の小切手帳を警察から借りている。

 この小切手は微細で特殊な粉がかけてあり、金融機関で換金しようとした時点で捕らえることも可能だ。それを恐れて現金でのやりとりとなれば、用意に時間がかかるとして警察の配備も間に合うはずだ。

 いずれにせよ、連絡がかかってきた時点で宇喜多は詰むことになる。


「宇喜多の逮捕は二課のふたりだけでなく、刑事部の総力を挙げる。逃げ出すスキも与えず、その場に現れた全員を残らず捕縛するんだ。相手は国際的な窃盗団である可能性が高い。であれば、手始めとして宇喜多を押さえて背後関係が聞けたら、国際刑事警察機構を通じて一斉検挙も可能かもしれない」


「ということは、玉置課長は義統コレクションが海外にあるとお考えですか」

「おそらくは。国内に置いておくだけの場所を見つけるのは難しいはずだし、買い手も日本に限らなければいくらでも相手はいるはずだからね」

 玉置の判断には無理がない。

 確かに国内に絞ってしまうと、売る相手が見つけづらいだろう。

 海外であれば絵画は投資だから、よい絵には高値がつくはずだ。おそらく日本で売るよりも高く売れる。

 であれば、犯人グループはやはり国際的な窃盗団と見てよいのかもしれない。


 忍が思案に暮れているとスマートフォンにメールが送られてきた。

 案の定、宇喜多からだ。

「予想どおり、来ましたね。これで宇喜多の確保は間違いないでしょう。あとは盗品をどうやって取り返すかですが」

「当事者であろうと一市民にそこまではまかせられない。捜査は警察の領分だからね」


「それでしたら捜査はおまかせいたします。発見された絵の真贋については委ねていただけたらと」

「そうだね。盗品かどうかを見分ける者も集めなければならない。義統コレクションの鑑定は君に委ねよう」

「ありがとうございます。それでは宇喜多を誘い込む罠を張り巡らせていただけますか。僕はそれに従いますので」

 そのひと言で刑事が大規模に集められ、宇喜多を逃さないための罠を仕掛けることとなった。


 玉置課長に頼み、逮捕するための待ち合わせ場所の候補をいくつか挙げてもらった。

 そのなかから刑事が潜みやすいところに決めて、いよいよ宇喜多との騙し合いが始まろうとしている。


 メールでのやりとりを経て、宇喜多の画廊へ行きたいと申し出た。

 宇喜多は画廊を持っておらず、キャンピングカーで移動しながら売買を行なっているらしい。

 そこで忍の都合ということで警察が定めた場所へと誘い込むこととなった。


 これで義統コレクションをすべて取り返せたら、怪盗はお役御免となるのだが。




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