第42話 名画を盗む 宇喜多との接触

 たま課長は模写の存在に驚いたようだが、奇妙な得心もあった。

「そういえば、よしむねくんは小学校時代に賞を獲って、高校では著名画家の模写ばかりだったね。その腕前が衰えていなければ、完璧な模写も可能ということかな」

「完璧かはわかりかねますが、私としては九十五パーセントは似せられたと見ています」

「九十五パーセントか。全体の見た目では判別できないか。では、本当の本物は今どこにあるんだい。君の手元にあるべき絵だからね」


「本物はたかやま西せいなんさんの保管庫に収蔵されているはずです。彼に頼んで模写を本物と偽って怪盗に奪わせよう、という話になっていたのです」

「浜松が受け取ったという犯罪の予告状がそれか」


「はい、『魚座の涙』を高山さんが買わされたと聞いて会いに行きました。そうしたら予告状が届いたということで、私が模写を買って出たのです。私にとっては久しぶりの模写でしたが、母の絵がもとですから手は抜きませんでした。ですが完璧に真似てしまうと真贋の区別がつきませんので、あえて四箇所だけわずかに変えてあります。横に並べて比べないかぎりはバレないはずです」


 玉置課長は腕を組んで考え込んだようだ。さすがに手のうちを明かしすぎかもしれない。そしてなにかに気づいたようにそのぶの顔を見た。


「すまなかった、義統くん。二課の者二名を付けるから、ただちにと絵の行方を追ってほしい。どちらかでも見つけたらすぐに二課員に対処を委ねるんだ。いいね」

「かしこまりました。もし敵が武装していたら、私の手に余ります。その危険をつねに織り込んでおきたいと思います」


 そういうと、忍は二名の刑事を連れて、まずはビジネスジェット専用ゲートへ向かった。今は発着を制限しているが、解除されたらすぐさま逃走できるよう、ゲート付近に待機していると判断したからだ。


◇◇◇


 ビジネスジェット専用ゲートにたどり着くと周囲を見渡した。ビジネスジェットなのにサーフボードを持っている者がいないかどうか。

 いた。サングラスはかけているものの、顔立ちも宇喜多ただかつに違いないだろう。

 二課員が本部の玉置課長のもとに無線で連絡を入れるようだ。

 ここで動くべきか否か。この行動ひとつで今後の立ち回り方も変わってくるだろう。

 とりあえず、雑談でもしてわずかでも情報を引き出してみるか。忍は宇喜多のもとへと歩んでいった。


「失礼します。私、ビジネスジェットで伊丹空港まで行きたいのですが、どうやら離発着が制限されているようでして。いつ頃再開されるかおわかりになりますか」


 カートにサーフボードを載せている宇喜多は、さも面倒くさそうに答えた。

「いえ、私もこれからグアムに行って波に乗ろうと思っていたのですが、いつ再開されるかわかりかねます」

「お互いに予定が大幅にズレてしまいますね。私はこれから絵の買い付けにまいるのです。オークションでよさそうなものを見繕いたかったのですが、この調子だと会場に間に合いそうにないですね」


「へえ、絵画に興味がおありなのですか。どのような名画を所望なのですか」

 よし、宇喜多が食いついてきた。ここはうまくはぐらかして、連絡先を聞き出したところで会話を中止しよう。


「作者の有名無名は問わないのです。私の感性でよいと思ったものを買い付ける予定でおります」

 そういうと、忍はジャケットの右内ポケットを叩いた。そこにはなにも入っていなかったが、小切手があるふうを装うのだ。

 どうやら目論見は達成できそうだ。


「ずいぶんとお若いですね。実業家の方ですか」

「いやあ自営業であるのは確かですが、それほど稼いではおりませんので」

「実は私、画商をしておりまして。もし絵をお買いになりたければ幾枚かお売りすることもできますが」

 そう言いながら、懐から名刺入れを取り出して一枚取り出した。

 これで釣り上げるのにも成功したに違いない。


「ありがとうございます。宇喜多忠勝、様ですか。どこかで聞いた名ですね」

「宇喜多は豊臣家と縁があり、忠勝は家康に仕えた重臣・本多忠勝の名ですから」

「ああ、なるほど。これは憶えやすいお名前ですね」

「もし絵をご所望の際は、ぜひ一声かけてくださいませ」


「わかりました。それでは今回のオークションに間に合わなかったらご連絡を差し上げますね」

「私はこれからグアムですので、最低でも一週間は帰国しません。よろしければ、私が帰国したらご連絡を差し上げましょうか」

「そうですね。ここで会ったのもなにかのご縁。ぜひご連絡くださいませ。これ、私の名刺です」


 そういって取り出したのは、赤の他人の名刺である。

ゆうつむぎさん、ですか。男性では珍しいお名前ですね」

 しまったという表情を浮かべて慌ててその名刺を取り返した。

「すみません。これは行きつけの料亭の女将の名刺でした。私のはこちらです」

 怪盗としての偽造された名刺であった。


たかはまゆういち、様ですか。不動産業を営んでいらっしゃる」

「仕事はいつも忙しいので電話に出られません。日中はメールを送ってください」

「わかりました。それでは後日こちらからご連絡差し上げます。迷惑メールフィルターからは除外しておいてくださいませ」

 忍は一礼すると、二課のふたりが待つ場所に戻った。


「義統さん、いきなり容疑者と接触しないでください。玉置三課長のご推薦とはいえ、民間人なのですから無理はなさいませんように」

「申し訳ございません。ただ、宇喜多さんはこれからグアムへ向かうと言っていました。どのビジネスジェットを使うのか、調べてもらえないでしょうか。もちろんサーフボードを持っていることを利用した、ただのハッタリの可能性もあります」


「わかりました。それでは義統さんは私と一緒に空港事務所へ戻りましょう。もうひとりに発着名簿を確認させますので」

 その言葉に潜む可能性はどのあたりまで高いのだろうか。

 偽の画商であるから、おそらくはグアムに行くなどありえないだろうが。




(第七章完結。次話より第八章スタートです)


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