第41話 名画を盗む 羽田ターミナル

 しのぶは受信機を持って自慢のbZ4Xを走らせていた。たま課長と連絡を密にする。


「発信機の移動先を考えると、やはり飛行機で持ち出すつもりのようですね」

〔どうやらそのようだね。空港警備隊に連絡を入れて、なるべく発着を抑制させるとしよう。電話はいったん切るよ〕

 その声とともに通話が切れた。


 忍は車を発進させると、羽田空港へ向けて走り出した。

 パトカーではないので、法定速度を守らなければならないが、それでも可能なかぎり急いで向かっている。


 発信機の電波を追っていくと、やはり羽田空港に反応していた。

 空港の駐車場へと滑り込み、無線を持って車外へと飛び出した。

 すると携帯電話に着信があった。水田からだ。


の居住場所がわかった。今は品川区に住んでいるらしい。ただ、今、家はカラだ。どこかに行っているらしい〕

「おそらく羽田空港だな。今、玉置課長も羽田空港に来ている。おそらく盗んだ絵が本物かどうかを確かめるためだろうな」


〔偽物とバレるおそれもあるのか。だが、あのレベルの模写は並べて見ないかぎり判別は不可能だと思うが〕

「それでアジトへ持ち去ってくれると助かるんだがな。奪われたすべての絵が一度に取り戻せるまたとないチャンスとなるからな」

〔まあ、あまり希望は持たないほうがよいだろう。一枚ずつ奪い返していく基本方針を変えるべきじゃない〕


「とりあえず、宇喜多の顔写真を送ってくれないか。こちらで宇喜多と接触できるようならしておきたいんだが」

〔わかった、今から送る。少しだけ待ってくれ〕

 しばしののち、スマートフォンに写真を添付したメールが送られてきた。これが宇喜多か。


〔今接触するとしても、宇喜多だと気づかないふうを装うんだな。顔色を変えずに話す練習にもなるだろう〕

「まあ宇喜多は流しの画商だから、知っているほうが不自然だからな。この写真を玉置課長と共有してもだいじょうぶか」

〔泳がせたければ渡すべきじゃないが、警察の監視下に置きたければ共有してもかまわない。君としてはどちらが希望かな〕


 忍は考えた。

 もし犯人の顔がわかっていたとして、父のコレクションを強奪した犯人の目星がついたらどうするのが最適か。

 普通の人なら、犯人を警察に捕まえてもらいたいはずだ。あえて一枚ずつ取り返す必要なんてない。

 だが、宇喜多に警戒されると地下に潜られかねない。それでも警察と連携するべきか。


「警察の監視下に置くのが妥当だと思う。少なくとも俺はコレクションを盗まれた側で、警察に犯人を捕まえるように働きかけている。ここで隠しごとをするべきではないはずだ」

〔まあ、確かにそれが筋だよな。わかった、写真を玉置と共有するんだな。それと、今は宇喜多だと知らないふうを装うのを忘れるなよ〕


 程なくして玉置課長から無線が入った。

〔羽田空港で自家用ジェットの発着を抑制できることになった。ただちに羽田空港に来てくれないか〕

「玉置課長、こちらはすでに羽田空港の駐車場におります。集合場所をお願い致します」

〔わかりました。それでは空港事務所に来てください。受付には君の名前を伝えておくから〕

 その無線を聞き、受信機を持ってすぐさまターミナルビルへと走り出した。


◇◇◇


 羽田空港の案内カウンターで名を告げると、内線をかけて空港事務所から迎えが来た。

よしむね忍様でございますね。こちらへどうぞ。警視庁の玉置様がお待ちです」


 空港職員の制服を着た女性が先導し、空港事務所へと立ち入った。

「義統くん、待っていたよ。はままつ駿河するがは幸い打撲傷で済んだらしい。先ほど病院から連絡があったんだ」


 『魚座の涙』に取り付けてある発信機と集音マイクから情報が得られる。今はターミナル内にあるようで、ジェットエンジンの音は聞こえない。絵を追いかけるのもたいせつだが、あれが模写であることを知っている忍としては、流しの画商を自称する宇喜多ただかつを探し出すのが先決だ。


「私の知り合いから画商の宇喜多忠勝の顔写真を手に入れました。おそらく盗品のそばに現れるはずです」

「スマートフォンを見せてくれるかな。なるほど、こいつが宇喜多忠勝か」

 玉置課長は深く頷いた。おそらく盗品を売りさばいているから三課でも有名な顔だろう。

「これを私のスマートフォンに送って欲しい。警察官の端末に送って所在を突き止めよう」


 玉置課長のスマートフォンにQRコードを出してもらい、そうして手に入れたメールアドレスへ水田からもらった写真を添付する。


「ありがとう。これで不審者と盗品を探しやすくなった。おそらく羽田に配置していた警官からすぐにでも連絡が入るはずだ」

 すると無線から連絡が入った。


〔本部本部、今手配された顔写真の男を先ほどビジネスジェット専用ゲートで見ました。確かサーフボードを持ち運んでいました〕

 サーフボード。もしかして絵のカモフラージュか。

「おそらくそのサーフボードに絵画『魚座の涙』が隠されていたのだろう。そもそもビジネスジェットにサーフボードは違和感があるからな」


 やはり玉置課長もそうにらんでいたか。これでビジネスジェット専用ゲートに行ってサーフボードを持っている人物を探し出せばうまく捕まえられるだろう。

「僕も捜査に加えてくれませんか。絵のことであれば私の知識が役に立つかもしれません」


「そうだな。盗品専門なら三課の顔は割れていると見るべきだ。応援に来ている二課と組んで行ってもらえるかな。ただし、宇喜多が見つかっても手は出さないように。あくまでも目としての役割しか与えないからそのつもりで」


「絵を押さえたら父のコレクションか確認してもよろしいですか」

「ああ、そうだね。元は君が継いだはずのコレクションだから、本来の所有権は君にある」


「実は今、賊が手にしている『魚座の涙』は私の描いた模写なんです」

「なに、模写だって。ではあのとき描いていたものを使ったのか。ずいぶんと大胆な手口だな。でも犯人は脇目も振らず盗んでいった。それだけ似ているってことか」

「どの程度の出来かはわかりかねますが、自信作ではあります。あとで浜松刑事と駿河刑事に確認していただければわかると思います」




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