第40話 名画を盗む 追跡
どうやら外傷は酷いが命に別状はなさそうだ。
警備に当たっていた警官へふたりの搬送を指示すると、そこから靴を履いて庭へ出た。逃走経路は庭を警備していた警官が倒れているところだろう。他の警官は配置場所から動いていない。規律を重んじる警察は、おいそれと持ち場を離れるわけにはいかないからだ。
強盗がひとたび邸外へ脱出したら、
そこで、高山西南邸の裏に停めていたbZ4Xに乗り込んだ忍は、ただちに絵の行方を追った。
玉置課長は警察無線で逃走車の追跡を開始している。パトランプを灯し、サイレンを鳴らしてパトカーが何台も走り出ていた。
忍はあえてゆっくりと車を走らせて、発信機の電波が追える範囲で普通にドライブをしているふうを装った。
逃走車両を追跡する車の動きは、おそらく窃盗団には筒抜けと見てよいだろう。とくに警官に扮していたふたりの人物は、おそらくパトカーに乗って逃げたはずで、追跡を振り切るためにも、途中で服と自動車を変えなければならなかったからだ。
その場所を特定し、そこからさらに逃亡を図る窃盗団を捕まえなければならない。
頼りとなるのは発信機と集音マイクだ。
今の距離では発信機の電波はたどれるが、集音マイクの声は拾えない。そちらは前線で追跡に当たっている玉置課長がフォローしているはずである。
すると、発信機の移動が止まった。
場所はだいたい五百メートル先、おそらく駐車場だろう。そこで素早く服を着替えて車を乗り換えるはずだ。
あくまでも可能性があるとすれば、このまま羽田空港へ向かって海外へと高飛びするだろう。海外へ出てしまえば警察といえども追跡は困難となる。
旅客機の手荷物検査を考えると、手薄なプライベートジェットを使う可能性が高い。となれば、かなり大掛かりな組織であると言わざるをえない。
まさかとは思うが、どこかの大使館が絡んでいるとは考えられないだろうか。
外交官特権で手荷物検査などをせずに海外へと出国されたら、捕まえるのは至難だ。
玉置課長はそれを見越して、いずれの国の外交官が今日この時間帯に出国するのかを調べ上げていた。だが、緊急で飛行機を飛ばす可能性もあるので、羽田空港に警官を張り付かせている。
程なくしてけたたましく鳴っていたサイレンの音が消えた。どうやらパトカーはここまでで、これからは刑事たちの出番らしい。発信機を頼りに、犯人に肉薄しようというのだ。
するとスマートフォンに電話がかかってきた。玉置課長からだ。急いで車を路肩に停めた。
「玉置課長、なにかご用ですか」
〔義統くんも追跡に参加する必要はなかろう。発信機を浜松や駿河に預けて身を引くんだ〕
「いえ、浜松さんも駿河も、犯人たちに警棒のようなもので殴り倒されています。すぐに病院へ運ぶべきだと判断しました」
〔犯人の顔を見たのかい。どんな人物だったか聞かせてほしい〕
「押し入った犯人はふたりです。制服警察官に扮して紛れていましたので、警察に内通者がいたと判断できます。そうなれば、警察無線を傍受している可能性も高いでしょう」
〔犯人は警察官、か。早急に警備を担当した人物を総ざらいさせよう。そこから犯人を割り出せるかもしれないね〕
玉置課長ほどの人物が、身内に犯罪者を近づけたのはおかしな話ではある。
それだけ巧妙に入り込んだといえるだろう。
それに海外への逃亡ともなれば、敵の組織力は侮れない。義統コレクションを強奪したことといい、よほど巨大な組織がうごめいているのではないか。
だからこそ、水田は忍を怪盗に仕立ててコレクションの奪還を図ろうというのである。
巨大過ぎる敵を前に、忍は己の無力を痛感した。警察さえも手玉にとる美術窃盗団を相手へ、水田とふたりで挑まなければならない。
だからこそ、この事件の背後にうごめく組織の全容を把握したいと忍は考えていた。
「どうやら、敵は単なる美術窃盗犯の域を超えていると僕は考えています。警官になりすまして絵画に近づき、発信機が付いているとは知らなくても逃走用に車両を手配、海外へと高飛びするというのであれば、国際的な犯罪集団なのかもしれません」
〔義統くんの意見は正しいだろうな。とりあえず窃盗犯を指名手配しよう。できれば国外逃亡は避けたいところだしな〕
「できれば画商の
〔確かに宇喜多は押さえておきたいところだね。さっそく手配しよう。流しの画商ということだったが、連絡先は以前高山西南氏から預かった名刺からとればよかろう〕
「おそらくですが、その情報は偽物だと思います。できれば宇喜多氏から接触してくるのを待つのが最善です。しかし、すぐに動けば警察に捕まる恐れがある。それでも宇喜多は必ず他の作品を売り込みにいくはずなので、そこを狙うのが得策でしょう。それが叶わなくても、今回のように獲物を奪い取って荒稼ぎをしようと必ず動き出すはずです。そこを押さえるのが次善だと思います」
どうすれば巨大な組織を相手にして勝利を勝ち取るのか。それが見えない以上、一枚ずつ奪い返す以外、忍に道はないのだ。
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