第38話 名画を盗む 待ち構える
土曜日になり、
書斎に掲げられている『魚座の涙』のそばで浜松と駿河が張り付く。
忍は真贋鑑定人として高山西南とともに防犯カメラのモニターを二階の寝室で確認している。
「浜松さん駿河さん、インカムの状態はいかがですか」
高山西南が手元の機器を操っていた。
〔こちらは異常なしです。しかし、本当に予告どおりに来ますかね。廊下と庭には警官を配していますし、これを欺いて『魚座の涙』の奪取は難しいと思いますが〕
「予告状が来たということは、盗みに来ると宣言しているのです。必ずや予告どおりに現れるはずです」
高山西南は焦ることなく冷静に対処している。
〔義統、聞こえているよな〕
「ああ、聞こえているよ」
〔犯人が現れたら必ず捕まえるが、邸内の防犯カメラで敵の動きを探ってほしい。そこのモニターならできるはずなんだけど〕
月曜日の退勤時、高山西南邸へやってきて防犯体制を確認した浜松と駿河は、直接絵を守る班と、防犯カメラをモニターする班に分かれることにした。
そして今日の土曜日に忍は呼び出されて、モニター班に割り振られた。盗まれたのが偽物かどうかを確認させるのが目的でだ。だから絵を守る班かと思ったのだが仮に意識を奪われてしまうと真贋を瞬時に判断できないということで安全なモニター班となったようだ。
「とりあえず、書斎の映像は表示させっぱなしにして、残りは五秒おきに順繰りと場所を切り替えるようになっているみたいだね」
〔となると、その五秒以外を突かれたら容易にここまで突破できるわけか〕
「そうともいえるけど、駿河は刑事なんだし逮捕術も心得ているんだろう」
〔そりゃ習ったけどさ。おやっさんにはまったく敵わないくらいのレベルだよ〕
〔駿河、雑談はすぐに切り上げろ。周辺に気を配るんだ〕
〔わかりました。それじゃあ義統、監視を頼んだ〕
「可能なかぎり追いかけてみるよ」
マイクのスイッチを切った高山西南は、忍に語りかけてきた。
「これはあなた方の芝居ではないんですよね」
「はい、僕も水田も与り知らぬことです。予告状を出したのも、美術窃盗団を誘き出すための罠でしたから」
「ということは、これから現れるのは美術窃盗団ということですか」
「おそらくは。彼らは強奪のプロでしょうから、おそらく暴力に訴えて強引に奪うはずです。ですが、発信機と集音マイクが付いているかぎり、敵のアジトを割り出すのも簡単でしょう。別の場所に待機している
高山西南は武者震いをしたようだ。
これから起こるのは本物の窃盗である。しかも警察が守っている絵画を奪おうというのだから、ショッキングな映像になる可能性もあった。
「ですが、盗人を現場で押さえたほうがよいのは確かなんですよね」
「そうですね。現場で押さえれば、指示役にもたどり着けるでしょうからそれが望ましいですね」
予告時間まではまだ一時間以上ある。少しは会話して気を紛らわせるか。
「今回の予告状は私たちからのものではありません。そして、おそらくは父のコレクションを強奪した美術窃盗団が出したものでしょう。売りつけておいて強奪して取り上げる。それが彼らの当初からの筋書きなのでしょう」
「となれば、彼らに気取られなければ、本物を所持していても問題はなくなるんですよね」
「はい、今回は偽物をあえて奪わせて、美術窃盗団を逮捕もしくはアジトを急襲するのが目的です。おそらくアジトには持ち出せないほどの盗品が山と積まれているでしょうから」
「うまくいけば、お母様の十二星座の連作もまとめて押収できるかもしれませんね」
「そこまでうまくいったら、私は予告状を取り消して犯罪に手を染める必要もなくなるのですが」
「現時点では難しい、と」
隣でモニターのチェックをしている高山西南が念を押してくる。
「おそらくですが、高値で売れるものはどこか見つからないところに隠してあるのだと思います。盗品がそのままそこへ運び込まれるとはまず考えられません。中間アジトがあって、そこに闇バイトで集めた襲撃役が盗んだ絵を保管する。そうして足がつかなくなってから、運び屋が本部に運び込むのでしょう」
これは水田の推理だ。違法行為に手を染める悪徳美術商はだいたいこのような構造の組織を築いているらしい。
「それじゃあ義統さんは、その本部へ移された段階で窃盗するのですか」
「いえ、今回は模写を奪わせて泳がせ、中間アジトを摘発してもらいます。僕は先に描いた模写を奪いに来ます。そして適当なところに絵を置いておくので、それを回収すればいいでしょう」
「それだと絵が複数あるとバレませんか」
「それが狙いです。『魚座の涙』は複数あった。その事実が知れ渡れば、美術窃盗団はおいそれと次の顧客に売り込みづらくなります。また別の絵が出てきかねないからです」
高山西南は大きく頷いた。
「なるほど、まずは流通そのものを阻止してしまうわけですね。でもそうすると海外に絵が流出しかねないと思うのですが」
「今日本の画壇で名声がない画家の作品が、海外で高く売れるとお思いでしょうか。私たちは十二星座の連作は、国内で捌く以外に手はないと考えております」
高山西南はスマートウォッチを確認すると、マイクのスイッチを入れた。
「浜松さん駿河さん、予告時間まで十分ほどとなりました。監視を厳重にしていただけますか」
〔了解しました〕
浜松が答えると、内外の警官に無線で指示を出しているようだ。
怪盗は本当に現れるのだろうか。
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