第七章 名画を盗む

第37話 名画を盗む 予告状再び

 月曜日に本庁へ出勤したはままつは、朝の郵便物を受け取ってきた駿河するがから思いもよらぬものを受け取った。


 窃盗の予告状である。


 どこから話が漏れたのかはわからない。もしかすれば先の予告状の主が日時を指定するために送ってきたものかもしれなかった。

 たま課長へ報告するためにも、浜松は予告状を検分した。


〔今度の土曜日夜二十三時にたかやま西せいなん氏の所有する『魚座の涙』を奪いに参上する。怪盗より〕


 これはなにかがおかしい。

 浜松の直感だが、どこがどうおかしいのかまではわからない。


「駿河、これは先の予告状と同じ人物から送られてきたと見るか」

「今どき予告状を出す怪盗なんていないんですよね。であれば前回と今回は同一と考えていいんじゃないですか」

「だが、なにかがおかしい。普通なら見逃してしまうかもしれないが、俺のカンが騒いでいるんだ」

 悩んでいる浜松をよそ目に、駿河は予告状を確かめている。


「そうですねえ。まず予告状のカードが違うかな。それに文字も手書きだし、今回は自ら怪盗と名乗っている、ってところですかね」


 カードが違う、手書き、自ら怪盗。ということは、愉快犯かもしれない。

 警察が対処を迫られて、慌てふためくさまを見ようとしている者の仕業か。


「前の予告状は特注のカードだったよな。指紋がつかないようなコーティングが施された」

「そうでしたね。このカード、早速指紋鑑識にまわします」

「いや、玉置課長に相談してからだな。そのあとで筆跡鑑定も依頼する。おそらくだが、前の予告状とは別人が出したのだろう」

「しかし別人が、高山西南氏が『魚座の涙』を所有していることを知っていますかね」


 駿河の言うとおりだ。

 高山西南が『魚座の涙』を所有していることを知っているのは、警察と一部マスコミ、そして模写を依頼した義統忍だけだ。

 マスコミには箝口令を布いているし、義統忍が差出人なら、自分で描いたものを奪いに行くだろうか。

 彼が本当に奪いたいのなら、模写の最中にすり替えるのがいちばん手っ取り早い。


 そうなると問題はどこから『魚座の涙』の存在とその所有者がバレたのか。

 それを突き止める必要がありそうだ。

「よし、玉置課長に報告するぞ。そのあとで鑑識だ」


◇◇◇


 定時の九時に出勤してきた玉置課長のもとに浜松と駿河はカードを携えてやってきた。そして浜松の感想が伝えられる。


「あの絵を盗もうとしているやつがいる、ということは確かだな。この予告状が前回と同一人物が寄越したのなら、改めて日時を指定してきたことにはなるが」

 玉置課長の疑問も浜松と同様だった。

「なぜ高山西南が『魚座の涙』を所有していると知っているのか、だな。まだマスコミへの箝口令は続いているんだよな」


「はい、これからこのカードを鑑識に渡してから、記者室へ寄って探りを入れてきます。マスコミから漏れていないなら、カードの差出人も絞れますからな」

「マスコミでないとすれば、高山西南本人と、確認にいった浜松と駿河、それに私と模写を作成したよしむねくんが怪しくなるが。ただ、気になる点もある」

「気になる、ですか」


「ああ。そもそも『魚座の涙』は義統コレクションの一枚で、そこから十数枚強奪されたと聞いている。つまり美術窃盗団が売り主に渡して、買った人物を把握している可能性もあるな」


「ああ、そうですよ。高山西南があの絵を買った相手、画商のただかつも所在を知っていておかしくない」

「そういうことか。俺のカンもまだまだ捨てたものじゃないな。おそらくだが宇喜多も美術窃盗団のひとりだろう。慎重に裏をとる必要があるな」

 玉置課長は浜松の情報をまとめて、すぐさま指示を出した。


「よし、宇喜多には他の者を向かわせて発見次第監視させよう。お前たちは予告のあった土曜に高山西南邸へ向かい、朝から絵に張り付くんだ。それまでは鑑識結果をもとに聞き込んでもらうぞ」

「わかりました」


◇◇◇


 高校の昼休みに、しのぶのスマートフォンへみずから連絡が入った。急いで職員室から抜け出す。


「警察に別の予告状が届いたって本当か、水田」

〔ああ、さっき届いたばかりの情報だ〕

「なんて書いてあったんだ」

〔今週土曜の二十三時に奪いにいくんだそうだ〕


「間違っても水田が出していないだろうな」

 前回の予告状に明確な日時を書かなかったのは、今回のように後日、日時指定できるようにするためではなかったのか。

 そう考えるのが妥当だと思うのだが。


〔俺は出していないし、俺のネットワークからも出していないらしい。つまり〕

「高山西南に売りつけた画商が怪しいってことか」


〔そうだ。玉置や浜松はそう見ている。奪う可能性のある人間は、可能性の少ない人物を省いた結果で推察したんだな。残ったのが売りつけた画商の宇喜多だった〕

「だが、日時指定なんかしてしまうとガードが固くなって盗めなくなるんじゃないのか」

〔そのあたりは実行犯を闇バイトで集めるんだろうな。宇喜多は指示を出すだけで、しかも『魚座の涙』が手に入ればそいつらが捕まろうとお構いなしだ。関係を示すのはスマートフォンだけだろうからな〕


 忍は現状を認識したが、打てる手はないのだろうか。

 万が一絵が盗まれたら、忍が盗みに行くことは難しくなるのだが。


「高山西南には知らせたのか」

〔いや、まだだ。おそらく玉置か浜松あたりが連絡をとって、内容を知ったところで俺たちのところに来るはずだ。その手順でないと俺たちが本物をすでに所有していると警察にバラしているようなものだからな〕


「わかった、水田。こちらとそちらで高山西南からの連絡を待とう。それを受けて彼に会いに行けば、警察に対する口実にもなるだろう」

 果たして、犯人は宇喜多なのだろうか。




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