第34話 茶番劇の準備 強盗団なのか

 模写を再開して三十分。細部の詰めもじきに終わる。

 しのぶは自らが納得するレベルの模写ができたと感じているが、やはり第三者の目で確認してもらいたいところだ。


「いちおうこれで模写は完成です。皆さん、比べてみていただけますか」

 このなかで絵画に詳しいのはおそらくたかやま西せいなんだろう。次にはままつ刑事か。駿河するがはまだまだだが、素人のほうが違いがわかることもある。


「うーん。これは同一と言ってもいいくらいだな。よくもまあこの短時間にここまで似せられるものだ」

「デッサンの狂いも忠実に再現されていますね」

「デッサンの狂い、ですか。どこが間違えているんですかね」

 駿河が興味津々に覗き込んでいる。


「人魚の左腕を見てください。本当ならもう少し長いんですよ。この絵はやや短くなっているんです」

「へえ、よくわかりますね。そんなの誤差の範囲じゃないんですか」


「駿河、お前はもう少し絵画に詳しくならないと、三課じゃ使い物にならんぞ」

「でもこの絵はそんなに不自然には見えないんですけど」

「そのあたりに描いた人の画力が反映されるんですよ。少なくともよしむねさんはちょっとした違いにも気づいて描き写せるので、相当画力が高いんだと思いますよ。オリジナルを描いたらきっと期待の新人現る、と世間が大騒ぎするんじゃないですかね」


 高山西南の賛辞はありがたいのだが、忍自身は裏の世界に生きようとしているのだから差し障る言葉でもあった。


「美術の先生からも、オリジナルを描いたら玄人裸足だといわれていたくらいですからね」

「いつの話をしているんだよ、駿河。僕は模写しかできないってそのときも言ったはずだろう」


「模写専門でもここまで描けたら、美術窃盗団も騙せるだろうな。今回の依頼が終わったら、これからも予告状を出された絵の模写をお願いしたいくらいだ」

「この絵で美術窃盗団を騙すんですか。予告状を出すくらいだからアルセーヌ・ルパンばりの怪盗だと思っていました」


「今の時代、怪盗なんて物語の世界にしかおらんのですよ。わざわざ予告状を出して獲物の警備レベルを上げてまでして、それを奪おうだなんて計算のできるやつの仕業じゃない。よほどの伊達や酔狂で楽しむように盗みたいやつだけだろうな」

 みずはそれを忍に要求しているのだから、やはり時代錯誤も甚だしいということか。


「おっしゃるとおりですね。今どき怪盗なんているわけがないか。昔「かい人21面相」と名乗った輩が企業を脅迫した事件がありましたよね」

「ああ、そんなことがあったらしいな。そのときはまだ小さかったから、警察の教育課程で習っただけなんだが。まあ怪盗にしろ怪人にしろ、もうお呼びじゃないんだ。だから今回この絵を盗もうとしているのは、美術窃盗団だと見ている。闇バイトで手下を集めて、強盗に入るんだろうな」


「あれ、強盗は強行犯だから一課の領分じゃないんですか」


 高山西南の問いに浜松が頭を掻きながら答えた。

「予告状が来たのは三課宛ですからな。まずはわれわれで現状を確認し、強盗団の仕業と断定されたら一課に移管するつもりだ。それこそ怪盗が相手というのであれば、われわれ三課の領分なんだが」

「では、偽物を作ろうというのは、警察全体の依頼ではないのですか」

「そういうことです。あくまでも相手が怪盗だと判断しての対応をするのが私ら三課の仕事でして。それに一課に移管するにしても、偽物はあって困るものでもなかろうから」


 この刑事、なかなかに抜け目がなさそうだ。

 おそらく盗みに来るのは怪盗ではなく美術窃盗団や強盗犯の可能性が高いと踏んでいるのだろう。

 しかも闇バイトに応募した若者を使って暴力沙汰に及んでの強奪ともなれば、強行犯担当の部署にまかせるほかない。しかしカンや噂レベルで職務を投げ出すわけにもいかないはずだ。


「浜松刑事からすれば、怪盗と美術窃盗団と強盗犯のいずれが相手だと思いますか」

「そうですな。予告状を送ってきたということは、怪盗の線は捨てられない。しかし警戒レベルを上げられても盗みに来るやつがいるとも思えない。国内の美術窃盗団に目立った動きはない。となると、闇バイトで実行犯を募った強盗団の仕業と考えるのが自然でしょう。たとえ『魚座の涙』が奪えなくて、実行犯が捕まったとしても、指示役にはたどり着けないようになっている」


「ですが『魚座の涙』にそれほどのネームバリューがあるとは思えないんですよね。そもそも父の秘蔵コレクションに収められていたくらいですから、世に知られていないはずなんです」

 誰も知らないはずの絵を盗みに行くという予告状はそれだけで奇異に映るのだ。


「問題はそこだな。可能性としては怪盗よりも確度が高いはずなんだが」

「それは、どのような」

「義統コレクションを強奪した窃盗団が、絵を売りつけるだけでなく盗んで手元に取り戻そうとしているのではないか。この線ならたいして矛盾は生じないんだな」


「なるほど、売りつけておいて奪い取れば、絵も手元に残るし金もがっぽり手に入る。マッチポンプですが自作自演と考えれば可能性は高いのか」

「この本物には発信機と集音マイクが取り付けられているが、それは窃盗団が奪い返しやすいよう、位置を特定して警備が手薄な時期を狙おうとしているからではないか」


 さも納得したかのように高山西南は応じた。

「そういうことですか。であれば、警戒は厳重にお願いいたします。買わされた挙げ句取り上げられるのでは、美術愛好家は皆破産してしまいますからね」


「はい、そのためにわれわれがおります。窃盗担当ですが、今回強行犯であると事前にわからければ私ら三課が警備を仕切ることになります。引き続きご協力をお願いいたします」




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