第29話 茶番劇の準備 模写の模写の模写

 たかやま西せいなん邸での話し合いは続く。


「ではよしむねさんに作っていただいたこの模写の、さらなる模写を作れませんか。それで警備も粗くなりますし、盗み出すのは難しくないでしょう」

 みずはその場合のリスクも考えていたようだ。


「それは高山様からの依頼というより、警察の依頼としてでなければ意味がありません。警察抜きで作られた模写では、警察そのものを騙すことになります。たま課長から今回はままつ刑事と駿河するが刑事が警備担当として派遣されると伺っています。そして駿河刑事は模写の天才としての義統くんを知っている。つまり模写が必要という話になれば、必ず義統くんの話題になります。うまく誘導できれば、警察の判断で模写が作られたと誤認させられます」


「つまり、私が模写を提案すれば、自然と義統さんに模写の依頼が来るはずだということですね」

「そうです。その手順であれば警察は疑問にも思わないでしょう」

「わかりました。それではそのように取り計らいます」

 高山西南は水田の提案に納得したようだ。


「それにしても、これだけ『魚座の涙』が作られたら、どれが本物なのかわからなくなりそうですね」

「高山様が大切に保管しているものが真の本物です。そしてここに掲げられているのが本物に見せかけた模写です。そして私の手元にある窃盗団が持っていた私の模写。この区別がつけば、どれが本物かは考えなくてもよいでしょう」


「つまり、私が所有している二枚の中に本物があるのだから、それを盗まれないようにしつつ、あえてこの模写を盗ませるように警察を誘導する。すると模写を作って盗ませろという話になって、模写の模写を義統さんに依頼する。もう私にはなにがなんだかわからなくなっていますよ」


「だいじょうぶですよ、高山様。あなたが厳重に保管しているもの以外すべて偽物とお考えください。そこまでシンプルに考えないと、頭がこんがらがりますからね」

「水田さん、つまり僕が作らされるのは、模写の模写の模写なんだよね」

「そのとおりですよ、義統くん。君が学生時代に描いた模写。それを模写したのがここに掲げられているもの。そして今回警察から作らされるのが、模写の模写を元にした模写になる」

「これはもう認識がバグりそうですね」

「だから、本物以外はすべて模写だと思えばいいのです。何枚目かは問題ではありません」


「本物以外はすべて模写。確かにそう割り切れば構図はシンプルになりますよね」

「それに、警察はここに掲げられている絵が本物だと思っているでしょうから、この模写を作れば美術窃盗団に奪われそうになるのは模写のほうだと警察も思うようになります」


 もう何枚同じ絵を模写することになるのか。だが、模写はパズルのようなもので、塗る順序や塗り方を割り出して再現する作業は楽しいのも確かだ。


「大事なことを聞き忘れました。私は義統さんと水田さんを知らないふうを装わないといけないんですよね。警察の要請で義統さんが絵を観にやってきたときに、初めてお会いするように振る舞うのがよろしいんでしょうか」

「確かに知らないと言い張ればすんなり通りはしますが、別に知っていても不思議はないでしょう。これは義統えつの作ですから、息子が観に来たと言っても不自然ではありませんから」


 高山西南は大きく頷いた。水田はすかさず言葉を足した。


「義統くんを知っていたとしても、模写の達人とは知らなかった。この線だけは守ってください。そうしなければ、最初から模写を用意していたことがバレかねませんので」

「つまり義統くんも絵が描けるとは知らなかったと言えばいいのですね」

「そのとおりです。彼の画才を知らなければ、たとえ警察から義統くんのことを聞かれたとしても、息子さんが観に来たくらいの言及で済みますから足をとられません」


 まあそのくらいの腹芸ができなければ怪盗なんてやっていられないだろうけど。しのぶとしては、初めての経験になるので逆境はいくらでもなくしておきたいところだ。


「幸い、予告状には日時を書いておりません。おそらくそこを利用して、警察は模写を作らせようとするでしょう。その間はここに『魚座の涙』はないことになります」


 そう、一時的にここには『魚座の涙』がないことになるのだ。そうすることで警察の警備が手薄になる。警察としては模写をまかせる忍を監視すればよく、その間は盗まれないと自信を持つことになるはずだ。


「でも後日模写を描いた私が取りに来るわけですから、盗まれても警察の落ち度です。高山様に影響が及ぶことはありません。もちろん発信機と集音マイクは今回の模写にも取り付ける予定ですので、私のアジトが割れるおそれもあります」

「この絵と同じ発信機と集音マイクを付けるのですか」


「いえ、警察から指定されたものを使います。もし同じものを仕込んでしまうと、この絵が私の描いた模写であることが美術窃盗団に気づかれるかもしれません。ですので、高山様は私に模写の話が出た段階で、発信機と集音マイクの取り付けを要請してください。あとは警察と私たちにおまかせいただければ幸いです」


「わかりました。そういうことにいたしましょう。これで義統さんが絵を取りに来て、安全に持ち運べるようなら万々歳ですね」


「ただ、私は絵をどこかに置いてくるつもりです。アジトが割れるのも嫌ですし、もし私が盗んだことを美術窃盗団が知ったら、おそらく私か高山様に接触してくる可能性もあります。そのときもし高山様の元に今回の模写が残っていれば、美術窃盗団が狙うのは私が盗んだ絵ということになります。そうなれば、高山様は模写と偽って本物を持ち続けられるわけです」


 今回の肝はどれが本物かではない。いかに警察と美術窃盗団を騙せるかだ。

 今の段階では忍以外に本物を見分けられない。

 だからこそ、警察を相手にひと芝居打てる。しかもリスクなしに、だ。




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