第28話 茶番劇の準備 内通者

 しのぶたかやま西せいなんからの電話で、よしむねコレクションと義統えつのことを警察に話したと聞かされた。そして高校時代の同級生である駿河するがとものりが近々連絡を入れるはずだと言う。

 水田とふたり、急いで高山邸を訪れた。


「では、私がコレクションを継承したことになっているのですね。水田の存在は知られていない、と。それでしたらこちらでいくらでも口裏を合わせますよ。とりあえずお渡しした模写を本物として警察にはお見せになったのですよね。であれば問題はありません。本当の本物は隠してあるのなら、なんの心配もございません」


「あと絵に発信機と集音マイクが付いていると説明もしてあります。これで義統さんが用意した模写が役に立ちましたな」


 ほかに特段の事情がなければ、予告日時を決めなかったことで警察を翻弄して関心が薄れたときに盗みにいけばよい。

 というより高山西南から模写を受け取るだけだ。


 まあ発信機と集音マイクが付いているので、受け取ったとしてもうかつに会話もできないし、アジトへ持ち帰ることもできないのだが。

 だが、これがただの模写ではなく、本物とみなす偽物として扱うことになる。


 つまり高山西南にしても忍にしても、この絵が盗まれようと実際は痛くも痒くもない。仮に警察が押収しても、誰も困らないのだ。

 まあ警察が押収したら、絵の保管には気を使うだろうが。


「それで、なぜ義統さんはお父様のコレクションが盗まれたと警察に届け出なかったんですか。そうすれば義統さんが危険を冒す必要もないですよね」


「もし警察が捕まえられるのであれば、私もお願いできたのですが。美術窃盗団が相手となれば、警察がいくら捜査してもまず捕まらないでしょう。国際的に売りさばかれたら、警察では追えませんからね。高山様に売られたことがわかったので、なんとか本物をお渡ししつつ、美術窃盗団が注目しているうちに模写を奪う。そうすれば、本物だと思っていた模写が他人の手に渡ったので、高山様は美術窃盗団に狙われることもなくなります」


 しかし、駿河が警備にやってくるとしたら、忍もそのままの姿で高山西南から模写をもらうのは難しくなるな。


「それでは怪盗紳士が信条に従って絵を取り戻しに来たというシナリオは変えないのですね」

 みずがそれを継いだ。


「はい、義統くんを怪盗に仕立てて、美術窃盗団を追い詰めていく。一枚では動かなくても、二枚、三枚と続ければ残りは売りにくくなる。そこで義統くんが盗んだ絵を強奪して、十二星座の連作をワンセットで高値を付けて売るでしょう。そこを一網打尽にいたします」


 説得力のある水田の言葉に、高山西南も首肯した。


「となれば、残る心配は義統くんが警察に捕まらないように配慮することですね」

「まあ、狙いは父のコレクションですから、それを確認するために来たとでも言えば、駿河なら引っかかってくれそうですけどね。こういうとき高校の知己が役に立つでしょう」


「知己であれば、こちら側に取り込めませんかね。警察に内通者を得れば、盗むのもかなり難度が下がるでしょうし。とくに美術品の警備を担当する人であれば、手抜きはしないまでも、警備体制の情報も得られるのではありませんか」


 忍は腕を組んでしばし考えた。


「いえ、警察に内通者を作るとして、高校の同級生はあまりにも露骨すぎます。窃盗が成功するたびに減俸や叱責を受けていたら、うっぷんが溜まって関係はそこで途絶えるでしょう。だから、末端とは言わないまでも、刑事課につてを確保すること必要ではあります。駿河を内通者に仕立てるのは、彼との友情を潰しかねません。それでは都合を考えない美術窃盗団と同類になってしまいます」


「確かに。昔馴染みと利害関係を持つのはあまりオススメできませんね。思わぬ形で手痛いしっぺ返しを食らう可能性もありますし」


 しかし、実際問題、警察の情報を流してくれる人物を得る必要はあるだろう。同級生の駿河は難しいとして、他に情報を漏らしてくれそうな心当たりはないのだが。

 どうやら水田は心当たりがあるらしい。


「まあ私なら三課のたま課長から直接情報を聞き出せますから、ご安心くださいませ」

「課長から直々に情報を得るとおっしゃるのですか。ずいぶんと大胆な計画になりますが」


「もちろん玉置課長がこちらに協力するわけではありません。ただ、警察に渡る情報を操作することはできます。情報さえ操作できれば、警備体制を変えさせるのは造作もありません」


 水田には勝算があるようだ。それにしても捜査三課長を使おうとは思い切った策略だな。確かに組織の長を動かせれば、捜査や警備を撹乱できる。

 しかし肝心の玉置課長はこちらの注文どおり動いてくれるのだろうか。


「玉置課長が思い通りに動いてくれるかが疑問なんだろう」

 水田がまた心を読んだような発言をしてくる。


「だいじょうぶ。今回の義統コレクションの一件は、玉置課長の協力なしではなしえない。息子の君が捜査に参加したい、美術窃盗団を捕まえるために協力したい、という気持ちでいるかぎり、玉置課長はこちらを支援してくれるだろう。それが真の犯人を捕まえることになるのだからな」


「警察と協力関係は築けているわけですか。水田さんも手回しが早いですな」

「いえ、私と警察との関係を利用して、玉置課長をこちらの味方に引き入れるまでです。あとは玉置課長の利益を損なわないように怪盗を立ち振る舞わせる必要があります」


 水田は単純に言っているが、警察の注文どおりに立ち振る舞えるほど、怪盗としての働きができるとは思えなかった。すべては経験のなさに起因している。


「となれば、怪盗がいかにして絵を盗むのか。そこが問題になりますな」


 高山西南の言いようはそのとおりだ。

 あとは怪盗が絵をどうやって盗むのか。

 警備のスキを突くにしても、立ち回りを失敗すれば忍が怪盗であることはすぐにバレるだろう。




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