第27話 茶番劇の準備 義統コレクション

 警視庁捜査三課のはままつは、今年配属されたばかりの新人・駿河するがを連れてたかやま西せいなん邸に赴いた。

「警察の方が来られたのは、私の持つ絵を盗みに来るとの予告状を得たから、ですか。今どきそんな盗賊がいるのですか。わざわざ盗みの難度を上げる必要はないですよね」


「はい、ですから私たちもいたずらだと思っております。しかし万が一本物の予告状だった場合、われわれの警備体制の不備を突かれるおそれがあります。ですので、警察にまかせてもらえませんか」


「それは、絵を警視庁で保管する、ということですか」

「はい、それが最も安全な警備法です。警視庁はつねに警察官や刑事がいますから、不審な人物を近づけることもありません」


「ですが、あの絵を他人に預けようとは思えないのですが。もし本物の予告状であればどこに移しても盗賊は現れるでしょう。たとえ警視庁にあってもです。逆にいえば警視庁には数百、数千もの職員がいますよね。その誰かになりすますのも簡単なのではありませんか」


「確かに高山さんのおっしゃるとおりですね。絵を守るのが目的なら、隠れる人の多いところよりも、人けのないここに置くほうが盗賊は近寄りづらいですね」

 駿河が答えたが、浜松はそれよりも気になっていることがある。

 盗みに来るという『魚座の涙』をまだ見てないのだ。


「よろしければ、その『魚座の涙』を見せていただけませんか。守るにしてもどんな絵かを見なければ守りきれませんからな」

「ええ、かまいませんよ。これがまた見事な逸品でして。盗賊が盗もうとするのもわかろうというものです。ではこちらへお越しくださいませ」


 応接間を出た三人は、隣の書斎へと案内された。中に入ってから振り返ると、『魚座の涙』が掛けられている。


「これが『魚座の涙』ですか。魚が泣いている絵だとばかり思っていましたが」

 駿河の感想に浜松は同意した。これなら『人魚の涙』という題名でもよいのではないか。

 あっけにとられているふたりを見た高山西南は、おそらく多くの人が感じるだろう点を突いてくる。


「なぜこれが『魚座の涙』なのか、理解に苦しんでおられるようですね」

「ええ、これなら『人魚の涙』とか『海の上の人魚』とか、適当な名前がありそうなものです。なぜ『魚座の涙』なのでしょうか」


「聞いた話では、これは十二星座の連作のひとつなのだとか」

「十二星座の連作、ですか。ということは他の十一星座の絵もあるということですね。もしかしたら犯人はそれを集めているのではありませんか」


 浜松は鋭く切り込んだ。

 「十二星座の連作」であれば残り十一の星座の絵もあるだろう。

 刑事としては当たり前の見解かもしれないが、それをためらいもなく口にできる人は少ない。


「この作品はよしむねコレクションのひとつとされています。なんでも管理している人物のもとからコレクションの作品が流出したと聞いています。それだけ価値がある作品なのでしょう」


「高山さんはこの絵をどちらで求めたのですか」

「流しの画商で、ただかつという名前でしたね」

「名刺や領収証などは残っていませんか」

「名刺はあいにく処分してしまいましたが、領収証は残っています。少しお待ちください」


 高山西南は書斎の椅子に座ると、机の引き出しから書類の束を取り出した。


「えっと、たしかこの中に。えっと、宇喜多、宇喜多。あ、ありました。これですね。宇喜多忠勝で『魚座の涙』の領収証です」

「これを鑑定に出してもよろしいですか。その義統コレクションとやらを盗んだ犯人につながるかもしれませんから」

「お持ちいただいてかまいませんよ。捜査にお役立てください」

「ありがとうございます」


 すると、駿河が話に割って入った。


「えっと今、義統コレクションとおっしゃいましたか」

「はい、言いましたが」

「駿河、お前義統コレクションを知っているのか」


「いえ、直接知っているわけではありません。高校の友人に義統しのぶっていう絵の得意なやつがいまして。どんな名画もたちどころに模写する天才なんですよ。でも義統が美術品のコレクションなんてしていたかな」


「義統という名字は珍しいですから、おそらく関係者なのでしょう。この絵は義統えつの作とされ、夫の義統すぐるがパトロンとしてそれを抱えてコレクションしていたそうです」

「ということは、お前の知っている義統忍ってやつが、盗品を奪い返そうとしている可能性もあるのか」


「それはないんじゃないですか。もしその義統さんが盗まれた絵を取り戻したかったとして、所有権はその人にあるのですから、警察に訴え出て捜索してもらえばいいじゃないですか。正当な所有者なら警察に届け出ますよ」

「そうですよね。本当に義統が継いだコレクションなら、私たちを頼らないはずがない」


「ということは、その義統忍にも連絡を入れたほうがいいんじゃないか。盗品のありかがわかれば、その後の処理もしなければならないからな」

「それでは卒業アルバムから連絡先を調べて、接触してみますね。他に聞かなければならないことってありますか」

「そうだな駿河。なぜコレクションを盗まれたのに警察に届け出なかったんだ、ということは聞き出してくれ。今のところ、この絵の所有権はどちらに帰属するのかを確かめんことには、犯人を捕まえたあと誰に返せばいいのかわからないからな」


「ところでこの絵に発信機や集音マイクなどを取り付けられますか」

「それでしたら、すでに発信機は仕込んでありますよ。これが受信機です」

 高山西南は書斎の机の上からタブレットPCを取り出した。


「この光が『魚座の涙』の場所を示しています」

「どれどれ、ちょっと拝見」

 といって浜松はタブレットPCを取り上げた。


「ちょっと邸内を歩き回ってもかまいませんか」

「ええ、発信機のテストですよね。廊下でしたらかまいませんよ。他の部屋に立ち入るのだけはやめてください。そこはプライバシーを主張しますので」

「わかりました。それじゃあ駿河、一緒に廊下を歩き回るぞ」

 ふたりは書斎から廊下に出た。




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