第26話 茶番劇の準備 マスコミ
警視庁の刑事部捜査第三課に郵便物として予告状のカードが送られてきた。
差出人の名前はなく、内容もいたずらのような話である。
「
「
三課のベテラン刑事・
「適当に高山邸に人をやって警護すればいい。今時分予告状なんていたずらかもしれんが、本当だった場合は警察に苦情が来るからな」
適当に、か。浜松は頭を掻くことしきりだ。
玉置課長の言うように、いたずらかもしれないが、本物の場合、この高山西南氏が持っている『魚座の涙』とやらが奪われて、警察の責任を問われるのも不本意である。
問題はこの予告状がマスコミにも配られているかだろう。
「玉置課長、マスコミに出回っていないか、確認してきてもよろしいでしょうか」
「かまわないが、たとえマスコミに流れていないとしても、ひとりは派遣するようにしろ。警察に予告状を送ったことは、おそらく窃盗に成功したらマスコミへ喧伝するはずだからな。警察は知っていたけど守れなかった、と」
参ったな。これでは動かないわけにはいかないじゃないか。
だがいたずらの線がどうしても消えない。
今時分、予告状を出してまで窃盗を行なう馬鹿はいない。
監視カメラ、防犯カメラがそこかしこに設置されており、犯人の顔や特徴、さらには逃走経路まですぐにバレてしまう。
浜松としても、それらを活用すれば、たとえ本当に盗まれたとしても足どりは掴めるだろうと判断していた。
盗みに自信があるのなら、たとえ警察が何人いようと盗まれてしまうだろう。
かといってまったくノーマークだと警察の不備を問われることになる。
映像から捕まえるにしても、目出し帽やタートルネックなどを着用されると犯人の特定は難しい。となればやはり何名かは連れていったほうがよいのだろう。
そこまで腹を決めると、浜松は記者室へと向かった。
◇◇◇
浜松が記者室に入ると、マスコミが食いつき気味に近寄ってくる。
これはマスコミにも予告状が出されたのか。
浜松はあきらめて話を聞くことにした。
「浜松さん、絵を盗みに来るという予告状は三課にも届いているのでしょうか」
「どのように警備体制を整えるのでしょうか」
「犯人は国際窃盗団ではないかと噂されていますが、三課の見解は」
怒涛のような追及に、浜松はげんなりとしてしまった。これはマスコミにも広く届けられたと見てよいだろう。
「えーっと、『魚座の涙』という作品を盗みに行くという予告状は三課にも届いております。この様子だとマスコミの方々にも届けられたようですね。警備体制についてはお教えできません。この話を犯人が聞いているかもしれないからです。そして犯人像についてですが、今のところまったくわかりません。今どき海外でも予告状を出して盗みに来る者はおりませんから」
「令和の時代に怪盗現ると私たちは見ていますが、警察として怪盗とどう戦うおつもりでしょうか」
「相手が怪盗かどうかは、実際に盗みに来るまでわかりません。そもそもたちの悪いいたずらの可能性もあります。私たちもいたずらの線を捨てておりません」
「もしいたずらでなく本当の予告状であれば、みすみす絵を盗ませるということでしょうか」
「それは被害が想定される高山さんとの協議が必要です。うまく絵に仕掛けが施せたら、たとえ奪われても追跡して捕まえられます」
マスコミとしては「予告状」は格好のネタである。
もし本当に「令和の怪盗」だというのなら、新聞や週刊誌は飛ぶように売れるだろう。またもしいたずらであっても、「怪盗現れず」ということでその日の売上には寄与するはずだ。
浜松としてはいたずらの線が濃厚だと判断している。
本当に盗みたいなら、予告状など出す必要はない。
犯人側がわざわざ盗むハードルを高める必要なんてないからだ。
「で、いつ盗みに来るのか、日時はわかりますか」
この言葉で浜松に疑問が湧いた。
マスコミにも日時を伝えていないのか。これではいつ守ればよいのかわからないし、マスコミも現場で張り込むことはできそうにない。
交代で見張るとしても、それだけの労力を費やすのも難しい。
おそらく今日から数日は記者が張り付くだろうが、そのうち飽きて撤収するのがオチだろう。
「日時の予告は来ておりません。その点もわれわれがいたずらではないかと見ている根拠です。ですが、いちおう犯行の予告ではあるため警備は敷きます。それを見て犯人があきらめてくれればそれでよし。もし盗みに来たら返り討ちに遭わせますよ」
「ということは浜松さん、警察は予告状を本物と見ているということでよろしいでしょうか」
「警備を敷くのはあくまでも用心のためです。私個人はいたずらだろうと見ていますが、それで本当に盗まれたら、予告状を出された警察の面目は丸つぶれですからな」
これは記者たちにしっかりと念を押さないと、誤った情報が流布することになるかもしれない。
今のうちにマスコミの認識を統一しなければならないだろう。
「私は玉置課長から警備を一任されております。マスコミの皆様はわれわれの警備の邪魔にならないよう、いくつか条件を出したいのですが」
「絵を見守るためのビデオカメラは何社に割り当てられるのですか」
「絵に部外者を近づければ、それが盗賊である可能性があります。ですので、絵の保管場所にビデオカメラもスチールカメラも入れません。保管場所に入るのは所有者の高山氏と私、それに若干名の警官だけにします」
「それでは怪盗の姿を見逃すおそれはありませんか」
「もし予告状が本物なら、盗賊は誰かに化けてくる可能性が高いでしょう。けっして素顔は見せないはずです。だからたとえ「魚座の涙」が盗まれても、その現場で姿を見たところで犯人にはつながらないと判断しています」
「ですが、逃走経路もわからずに絵を守るのは困難だと思いますが」
「そこで、保管場所以外の邸内にマスコミが入れないかをこれから高山氏と打ち合わせなければなりません。もし断られたら邸外にスキなくマスコミの方が詰めてくだされば、盗賊の出入りを規制できるでしょう」
浜松としても、初めての予告状に困惑していた。
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