第六章 茶番劇の準備
第25話 茶番劇の準備 錯誤
前回から一か月後、
「これが模写なのですか。前の作品とそっくりだと思います。まあ元々義統さんが書かれた模写ですから、似ていて当然なんですけど」
「ありがとうございます。この模写を盗む芝居を行ないますから、茶番ですがお付き合いいただけたらと存じます」
「本当に茶番をやるんですか。まああなた方に盗まれるところを美術窃盗団が見れば、私が本物を持っているとは気づかれないでしょうけど」
「さようです、高山様。おらそく美術窃盗団は頃合いを見て本物を強奪するでしょう。十二星座の連作は十二枚をセットで売ってこそボロ儲けできますから」
「こちらも高い金額で手に入れたものですから、そう簡単に盗まれることは望みません。であれば、
窃盗団の狙いはあくまでも本物の『魚座の涙』であって、模写を欲しているわけではない。だから、高山邸から本物が盗まれたと知れば、彼の手元にあるのは模写として聞き流されるだろう。
「美術窃盗団としても、本物を奪ったという認識でしょうから、おそらくですが写真などを残してあると思います。それが私の模写であっても、彼らからすれば本物なのです。ですから、高山様に父のコレクションから強奪された名画と異なっていれば、模写かもしれないと判断するでしょう。こちらとしてはまさにそこが狙い目です」
「つまりこの本物が窃盗団としては模写に見えるから、模写である最初の作品が人々の前から盗まれれば、高山様に危険が及ぶことはありません」
「しかし、どうやって盗み出すのですか。美術窃盗団を騙すには警察を呼んで警護してもらう以外にありません。でも警察を呼ぶにはなにか盗まれるだけの根拠が欲しいところです」
水田は例の予告状を取り出した。
「予告状です。これをお渡ししておきますので、警察を呼ぶ口実にしてください」
「誰が盗むかまでは書いていないのですね」
「今回は義統くんが怪盗役を務めますので、あまり警察に情報を与えすぎると身元がバレかねません。まあ私どもは警察とつながりがあるため、義統くんが捕まったとしてもなんとか言い逃れはできます」
高山西南は予告状のカードを隅々まで検分している。
「それでも、何者が奪い取ったのかは美術窃盗団に知られなければなりませんよね。無名の泥棒が予告状を書いて寄越したからといって、美術窃盗団がどう出ますか」
「こちらとしては、最小限の警察関係者を配備して、義統くんが動きやすいほうがありがたいのです。だからただの泥棒ではなく、怪盗に仕立てる予定です。どんな怪盗名にするかはただいま検討中です。もし高山様が怪盗名を知っていたら、つながりを疑われかねません。知らないほうが自然ですし、警察の疑念も招きません」
「おっしゃるとおりですね。予告状に怪盗名が書かれていないのに、私が知っていたらおかしい。警察に芝居がバレる恐れもありますね」
高山西南は飽きずに予告状を確認している。
「ちなみにこの予告状に指紋や掌紋などはついていないでしょうな。警察にこれを渡したときに水田さんと義統さんが割れてしまえば、おそらく事情聴取はされると思うのですが」
「この予告状は指紋がつかないようにコーティングしてあります。仮についていたとしても、軽く拭えばとれますよ」
「へえ、そんな秘密があるのですね。それじゃあ今のうちに拭いておきましょう」
そういうと、高山西南はポケットからハンカチを取り出して、予告状を磨き始めた。
「これでよろしいですかな。この予告状には日付や時刻が書かれていませんが、いつ頃盗みに来るかの目安はありますか」
「そうですね。警察の警備が緩んだときに現れると思ってください。それまでは平穏なものですよ。警察が飽きてきたところを盗むから、監視の目も緩んで素人の私でも盗める状況になります。それまでは我慢してくださいませ」
「いつ現れるか。楽しみにお待ちしておりますよ。それにしてもこの模写はすごいですな。私が売りつけられた作品とそっくりだ」
水田はカバンから大きく引き伸ばした写真を取り出した。
「これが元の絵とこの絵です。どうですか。どこが違っているかおわかりになりますか」
「ちょっと拝見」
そういって高山西南は大きな写真のなかで左右に並んだ作品を眺めている。
「これは、私が見た限りでは差がありませんな。同一の絵だと言われても信じられるレベルですな」
「合成ではありませんからね。高山様がお買いになったものに九十九パーセント似せてあります。もともと私の筆ですから、タッチを再現するのは訳ないですからね」
「そうでした。あの絵は義統さんの模写でしたな」
「とりあえず、以前お渡しした本物はどこかに隠しておいてください。そしてこれからはこの模写を本物だと思っていただけると助かります。盗まれた際に本物だと警察に思わせなければ美術窃盗団もウソを見破るかもしれませんから」
「本物の完成度はきわめて高いですからね。この模写も素晴らしいと思いますが、やはり本物が持つ完璧なバランスとは比べようもありませんな」
水田がにやりと微笑むと、高山西南へさらに要求を伝えた。
「予告状を持って警察を呼ぶのは明日にしていただけませんか。前日に私どもが来ていたとしても、翌日に予告状が発見されれば当日ここにいなかったので疑われることもありません」
「それでは新聞受けにでも入っていたことに致しますかな。そこからは警察と美術窃盗団を相手に大芝居を打つことになりますから。その口火を切るのはワクワクしてきますな」
水田は高山西南の動きに合わせるように、警察へも予告状を出す予定らしい。
警察にも挑戦状を出すことで、盗難防止で警察が動くことを美術窃盗団に知らせるためでもある。
いずれにしても、準備は着々と進んでいる。
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