第24話 水田の暗躍 仕立て屋
すでに生地の色は水田が決めていたようで、確かに濃い赤茶色、濃いワインレッドの色味である。
「この色は、古色では深い緋色を指す
「深緋ねえ。もしかして母さんのサインで使われているコキアにかけたってことはあるのか」
「ご明察。コキアにかけさせてもらった。ついでだから犯行現場に深緋のコキアをひと枝残そうと考えている」
「仕立て屋さんが聞いているところで話していてだいじょうぶなんだろうな」
忍は周囲が気になりだした。もしこの話を誰かに聞かれていたら、逃げようがなくなってしまう。
「ここは俺のネットワーク内だと言ったろう。コキアの色も枝も、すべて内密にしてくれるところを選んだんだ。そうでなければ特徴的な色味を使ったスーツからこちらの素性がバレる可能性が高い。ここの仕立て屋は口が堅いからな」
すでに寸法はとり終えた仕立て屋が近寄ってきた。
「
服屋の親父さんは気のいい人で、こちらの事情をすでに察してくれていた。
「忍くんが絵を奪い返すときに着用するのなら、とびきり機能的に仕立てようじゃないですか。スーツは元々作業着として作られたから、機能性は高いんですよ。でも、たとえば股は縫い目ひとつでくっついているから、股裂きしちゃうこともあるんですよね」
「絵を取り返すときにパンツがまる見えでは様になりませんね」
忍は苦笑した。すると仕立て屋はさも当然のように答える。
「だから裂けないようにゆとりをとりつつ縫い目を分けることで裂けないスーツを目指すんですよ。生地も伸びるところはストレッチ素材を使用し、スタイルをごまかしたい筋肉部分をあえて大きく作って筋肉が薄そうに見せるなどの工夫もしましょう」
「それだけで体型がごまかせるんですか」
「ええ、それだけですよ。でもシンプル・イズ・ベスト。スーツの型は本来細身に見えるように作られています。さらに素材を使い分ければ、いくらでも体型はごまかせます。とくに忍くんのように体操選手並みの筋肉の付き方をしていると、胴まわりと腕と太ももをゆったりと作るだけで、別人のような印象になります」
オーダーメイドスーツは注文から仕上がりまでに時間がかかるものだ。
今仕立てたところで『魚座の涙』奪還には間に合わないのではないか。
「このスーツ、どのくらいで仕上がるか」
「そうですね。本来なら何回も採寸しながら着心地を確認して調整していくんだけど、今回は時間もないし、見た目は既製品っぽくってことだったからね。徹夜して明日の今頃に間に合わせる、でいいかな」
「えっ、そんなに早く出来るんですか」
「なんといっても
「はい、一日でも早くすべて取り返したいと思っています。ご期待に添えるよう努力いたします」
そう言ったところで水田が大きなカードの束を手に持って近づいてくる。
「これは義統くんがこれからなる怪盗の予告状だ」
「これが予告状。本当にこれを出して盗みに行くのか」
「窃盗団にこちらの存在を意識させるには、世間に名が知られているのが大前提だからな」
「このサインはコキアのひと枝か。母のサインのようにも見えるな」
「義統悦子の作品を盗む、という暗示も込めている」
「怪盗が世に知れわたれば、窃盗団は必ずこちらに接触してくるだろう。世間ではあまり知られていないはずの、義統悦子のサインに似せてあれば、なおさら焦りが生まれるはず」
「逆にいえば、窃盗団にこちらの正体がバレかねないわけか」
「窃盗団にはバレてもかまわない」
「えっ」
水田のその言葉に忍は絶句した。
「義統悦子の作品ばかり狙う怪盗。美術窃盗団からすればお母さんの関係者がかかわっているとにらむに違いない。そうなれば先方から君に会いに来ることも考えられる」
そうなれば、忍自身が狙われるおそれもあるのか。
「だから義統くんに格闘術を習わせようってわけだ。美術窃盗団に襲われても返り討ちにあわせるくらいには強くなってもらおうと」
「対決するのは警察じゃなかったんだ」
「いや、警察に捕まらないためにも格闘術は必要だ。しかし美術窃盗団はどんな手を使ってくるかわからない。さらわれたときにどう対処できるか。うまく対処できれば残ったコレクションは根こそぎ奪い返せるからな」
仕立て屋の親父さんが話に加わった。
「となると、最も効果的なのは、義統くんが二、三枚奪い返して美術窃盗団に疑われてさらわれた先で一挙に残りをいただくというシナリオなのかな」
「それができれば一年とかからず回収できるだろう」
そういえば、模写の写真をまだ上着の内ポケットに入れたままだったのを思い出した。
「すみませんが、第三者の目で見ていただきたいものがあるのですが」
「ほう、なんですかな」
仕立て屋の親父さんに本物の『魚座の涙』と忍が模写したものの写真をそれぞれ渡した。
「おお、これは『魚座の涙』だね。十二連作でも上等の出来だったなあ。ってあれ、どちらも同じかい。渡す写真を間違えたってことはないのかね」
「片方が母の作品、もう片方が僕の模写です。どちらがどうだかわかりますか」
親父さんは高速で二枚を見比べている。
「これ、瓜二つといえる出来だね。本当に片方が君の模写なんだよね。うーん、どちらなんだろう。私には判別できないね」
「ということは、窃盗団の組織にも見破られるわけがないってことですね。自信になりました」
二枚の写真を受け取ると内ポケットにしまった。
(第五章完結。次話より第六章スタートです)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます