第21話 水田の暗躍 枯枝幸雄

 しのぶみずとともに、盗品を売りつけられそうになっている資産家・かれえだゆきのもとを訪れている。


「枯枝様。私、よしむねすぐるのコレクションを管理しております画商の水田です。このたびはご連絡いただきまして誠にありがとうございます」

 水田が名刺を差し出すと、両手で丁寧に受け取られた。


「いえ、義統傑氏のコレクションの一部が盗まれた、と界隈では噂になっておりましたからね。もしかして画家の義統えつさんの関係者で盗まれた絵と関係があるのではないかと」

「おっしゃるとおりです。おそらく打診があったのは盗まれた絵に間違いないでしょう。義統傑のコレクションは現在すべて私が管理しておりますから、他の画商が義統悦子の絵を扱うことはありえません」


「で、こちらのお若い方はどなた様でしょう」


 急に話が忍に変わって多少まごついたが、努めて冷静さを保った。

「私は画家・義統悦子と画商・義統傑の息子で、義統忍と申します」

「その息子さんが私にどんなご用ですか」


 ここからは自信を持って臨まなければならない。

 いささかでも不安な様子を見せれば、疑われるだろう。


「実は窃盗団が持っているのは母の絵ではなく、本物を模写した私の絵なのです」

「つまり、あの画商のただかつとやらが模写を本物として売りつけようとしていたわけですね。許しがたい状況ですな」

 どうやら枯枝幸雄は義憤に駆られたようだ。


「それでは警察を呼んで取引の現場を押さえましょう。そうすれば盗んだやつも売りつけにきたやつも捕まえて、奪われた絵も取り戻せるでしょうね」


「いえ、おそらく接触してきたのは組織の下っ端。いくら捕まえたところで本丸にはたどり着けないでしょう」

「ではどうすればよろしいのですか」


「まず画商の宇喜多とやらに連絡して、どういう絵を売りたいのかを聞き出してください。私と義統くんが厳重に管理している本物をお持ちしますので、私たちとともにその人物にカマをかけましょう」

「ということは、売りに来たのは偽物だろう、と突きつけるのですね」


 水田は深く頷いた。

「ご明察のとおりです。犯人は奪ったものが本物だと信じ込んでいます。だからこそ、こちらが本物を持っていたら、焦りでボロが出るかもしれません。最悪の場合は口封じに動かれるかもしれませんが、こちらはすでに警察の協力を取り付けております」

「であれば、接触するときは護衛していただけるということですね」


「はい、警視庁捜査三課の玉置課長が部下とともにやってくるはずです。そこでうまく手を打っていただければ、被害に遭うこともなく、また犯罪者の手先を押さえることも可能となります。そのためにはどの絵を売りつけようとしているのか。それを聞き出しておいてください」


「その警察の方の身元は確かなのでしょうね。もしかしてですが、あなた方が実は窃盗犯で本物を盗もうとしているということはありませんか」

「お疑いでしたら、警視庁の捜査三課へ直接ご連絡くださいませ。それでわれわれの素性もおわかりになると存じます」

 どうやらそれで枯枝幸雄は納得したようだ。

「わかりました。それでは後日警察に連絡をとってみます」


「ただ、今回捕まえたとしても組織では末端のはず。本丸までたどり着くには長い時間がかかるでしょう。それでも模写を本物と偽って売られてしまえば、美術窃盗団が利益をあげてうまい思いをしてしまいます」

「それでは、私以外に被害者が出ないともかぎらない、と」


「これから玉置警視とともに画商のひとりと会う予定です。そこで犯人の素性がわかればよいのですが、やはり相手から接触を持ちかけられたほうが警戒されませんからね」

「憎き敵を騙して捕まえようということですね」


「はい、おそらく賊も警戒はしているでしょうが、商談がまとまりそうだと判断すればスキも生まれるでしょう。そこを捕らえます」


 忍はカバンから写真を取り出した。

「こちらが母の描いた本物で、こちらが私が描いた模写です。違いがおわかりになりますか」


 どれどれと言いながら老眼鏡をかけた枯枝幸雄は、ふたつの写真を見比べている。

「これは先だって実業家に売りつけられた『魚座の涙』という作品です。その実業家とは話がついています」

「なるほど。どちらも素晴らしい絵ですな。でもどちらかが本物で、もう一方が模写とは。うーん、さっぱり区別がつきませんね」


「ここをよくご覧ください。わずかですがデッサンが狂っていますよね」

「言われてみれば確かに。ということはこのデッサンが狂っているほうが模写ということですか」


「よくおわかりになりましたね。そのとおりです。母の絵はとくにデッサンがすぐれております。私が模写したほうは絵を描き慣れないがゆえにデッサンが甘いのです。だからこそ、そんなものを母の絵だとして売られるのは、息子である私が認められません」


 枯枝幸雄はゆっくりと頷いた。

「確かに母の絵として模写が売りさばかれたら、よい思いはしませんな。わかりました。捜査に協力いたしましょう」


 それを受けて水田は深く一礼した。忍もそれに倣う。


「ありがとうございます。これで美術窃盗団の一味を捕らえられれば、敵の動きを封じられます」

「それではこれから警視庁に連絡を入れて、その玉置課長とやらに話を通しましょう。大捕物が見られるかもしれませんからね」


「私たちはこれから、その玉置警視とともにある画商と会いますので、よろしければすぐにでもご連絡くださいませ。話がつけば罠を仕掛ける準備を致します」


 枯枝幸雄は両手を差し出している。水田はそれを掴んで固く握手をした。忍もそれに倣った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る