第20話 水田の暗躍 幸先がいい

 みずたま警視の協力を得ながら、美術窃盗団の行方を追っている。


 さらに画商とパトロンのネットワークを駆使して、それらしい人物が接触していないかを極秘に調査するのだ。

 もし美術窃盗団に気づかれれば、当分の間地下に潜伏されかねない。

 そうなると、すべて奪い返すには十年単位の時間がかかるだろう。

 だから、こちらが探していることを気づかれるわけにはいかない。

 それがわかっているから水田も慎重にネットワークを当たっているのだ。


 努力が実ったのか、水田のもとにひとつの情報がもたらされた。

 つながりのある画商から顧客のひとりがよしむねえつの絵を買わないかと打診されたというのだ。そこでその人物に連絡をとってもらった。

 水田はただちにしのぶと話した。


かれえだゆきという人物が、美術窃盗団の一味と思しき画商からお母さんの作品を買わないかと打診されたそうだ。義統くんも会いに行くかい」


「今二枚目の模写を描き終えたところだ。一枚目とどちらが似ていると思う」


「甲乙つけがたいな。窃盗団を騙すならどちらでもだいじょうぶだろう。ところで本物との違いはあるのか。俺には三枚一緒に見えるんだが」

「サインを工夫した。わずかな違いだが俺には区別がついている。目の肥えた水田が見ても同じに見えるのなら、窃盗団にも通用するだろうな」


「で、どうする。枯枝幸雄と会うか」

「会いに行こう。どうせなら残りの十一枚の模写も持っていって、打診された絵を確認しておきたいところだろう。まだどの作品かはわからないということは、枯枝さんにも伝えられていないのだろうが」


 枯枝幸雄のつてをたどって怪しい画商と接触できたら、そこからが美術窃盗団との腹の探り合いになる。

 父のコレクションである母の絵画を盗んだ者たちと、母の息子である忍との騙し合いだ。


「それなら枯枝を担当している画商に連絡を入れよう。その画商と俺と君。三人組で訪ねることになる」


「それだと、俺たちが本物と模写を入れ替えようとしていることがバレないか」

「だいじょうぶだ。画商には義統くんの素性を話すだけ。お母さんの絵が盗まれたことは話してある。だから義統くんが絵をすり替えているなんて気づくはずもないな」


「俺が模写の達人であることを知っている人物には通じないかもしれないが」

「まあ中学高校の頃なんだろう。授業で模写ばかりしていたのって」


 やはり水田は忍のことをよく知っている。父さんから聞いていたのかもしれない。それだけ父にとっては自慢の息子だったのだろう。

 父が死んだときに画家を目指さなかったことに若干の後悔があったが、だからこそ奪われた母の絵を取り戻すチャンスが訪れたのだともいえる。


 もし忍が著名な画家になっていたら模写も忍のものと鑑定されかねない。

 忍の絵が知られていないからこそ、模写も本物に見せかけられるのである。


 トゥルルル、トゥルルル。


 水田のスマートフォンに電話がかかってきた。すかさず水田は電話に出た。


「玉置さん、いつもお世話になっています」


 どうやら警視庁のたま警視のようだ。

 先方から連絡が来たということは、美術窃盗団の手がかりを掴んだのだろうか。


「それは本当ですか。ではそちらの画商へ会いに向かいます。玉置さんはついてこられますか。部下にまかせても問題ないと思いますが。直接いらっしゃるのですね。かしこまりました。こちらもひとり接触のあった顧客に会う予定があります。時間を調整して玉置さんと合流し、その画商のもとへ向かいましょう」


 電話越しだが、水田は腰を低くして受け答えしている。

 たとえ電話であっても、姿勢による話し方の違いは伝わるのだという。

 だから水田は平身低頭、玉置警視の不興を買うのを避けるためにかしこまっているのだろう。


「はい、それではこちらの用事を済ませて、十六時に警視庁へ参ります。合流してから問題の画商のもとへ向かいましょう。では、失礼致します」


 電話を切ると、水田は不敵な笑みを浮かべた。


「幸先がいいな。今日だけでも絵を売りつけられそうな顧客と、絵を扱っているのではないかという画商を相手にできるとは」


「その帰りにでも高山西南氏に模写を渡しに行くか」

「いや、いくら精巧だとはいえ、昨日の今日で出来ましただと疑われかねない。最低でも一か月くらいは間を開けるべきだろう」


「そういうものか。まあ二枚も模写ができたのだから、いつ一枚送っても問題ないだろう」


 そういえば、玉置警視には会ったことがあるような。今日中に対面することが叶うわけか。父からも盗難担当の捜査三課の刑事として話ではよく聞かされていたが。ひじょうに鋭い刑事らしい。犯人に口を割らせるのを得意にしていると言っていたな。


「玉置警視について、父から勘働きが強いと聞いていたけど、実際どんな刑事なんだ」

「確かに勘は鋭いほうだな。相手の話している様子を見て嘘か本当かを見分けるくらいわけない人だ。だから俺はいつも下手に出ているくらいだ。変に自信を持って対すると、本心をズバリ見抜かれる。取り調べの鬼の異名をとっているな」


「そんな人は俺が対面したら、さすがに狙いがバレるんじゃないか」


「バレてもかまわないだろう。こちらは盗まれたものを取り返すために動いているんだから。隠す必要なんてない。まあそのために模写して交換していますっていうのはさすがにまずいだろうが。模写に触れなければ犯罪者を追い詰めようとしているように見えるはずだから、玉置に認められさえすれば今後も動きやすくなっていいくらいだ」


 水田の胆力はたいしたものだ。

 やはり修羅場をくぐり抜けている男は度胸が違う。




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