第五章 水田の暗躍

第19話 水田の暗躍 玉置警視との接触

 しのぶが本物の『魚座の涙』の模写を始めるべく、母の画房に籠もった。

 同じ油絵の具と筆を用いれば、模写はさらに似せられるからだ。


「とりあえず模写を始めておくから、みずたかやま西せいなんに売りつけた画商を探してくれ」


 そう伝えると、忍は模写に集中するべく連絡を断った。

 とはいえ、体育教師として働きながらも模写をすることになるので通常数時間で終わるが、長くても数日で終わるはずなので、それほど連絡がとれないと嘆くこともない。


 水田は高山西南から預かった名刺をもとにして流通経路の裏取りを始めた。

 高山西南に売りつけた画商を見つけ出さなければならない。

 おそらく名刺に書かれた情報のうち名前は嘘っぱちだろう。

 「ただかつ」という名前からたどることはできないはずだと水田は言っていた。


 だが、電話番号とメールアドレスは一定期間本物と見て間違いない。

 もちろんメールアドレスは一時的なものだろうが、高山西南がすぐに接触しようとしたときのために一定期間は維持していると見るのが正しかろう。


 美術窃盗団としてもせっかくのカモとは連絡をとりたいはずだからだ。

 だが、高山西南本人から直接連絡でもしないかぎり、呼び出しには応じないとみてよい。


 そこで水田は、親しくしている警察職員に接触した。


たまさん、この電話番号とメールアドレスを今誰が使っているのか、探し出してもらえませんか」


「水田さん、ずいぶんと急な話だね。なにか事件とかかわりがあるのかね」

「はい。よしむねすぐるの名はご存じですよね」


「確か妻の絵をコレクションしながら、他の画家もパトロンとして付き合っていた人物だな。そういえば亡くなったのもそう昔のことじゃないと聞いたことがある」


 水田は玉置警視と昼食をとりながら、雑談の形で情報を聞き出しまた吹き込んでいく。


「その義統傑は私の友人であり、そのコレクションの管理も私がまかされていました」

「ほう、故人のコレクションをな。それが電話番号とメールアドレスと、どうつながるのか」


「実は、その義統コレクションの中から十二星座の連作などの作品が何者かに盗まれたのです」

「盗まれた。強盗なのかな」

「いえ、おそらく大がかりな美術窃盗団でしょう。確かめてもらいたいのは、その盗品を扱った画商です。捜査三課なら盗品の捜査もお手のもののはず」


 玉置は水田の目を見据えている。

 どうやら本当かどうかを探っているのだろう。


「水田が嘘をつくはずもないか。いつも捜査に協力してもらっているからな」

「わかりませんよ。捜査に協力しているのも、なにかやましいことを隠しているからかもしれないのですから」

 その言葉に口元を綻ばせた玉置は失笑した。


「まあ、水田が犯罪者側だとしたら、これだけ捜査に協力してはくれないだろう。美術界の情報をあれだけ集められるのは、それだけ正義のために働きたいからだよな」

「そこまで見抜いておられるなら、私がとやかく言う必要はありませんね」


「犯罪の可能性がある電話番号とメールアドレスだ。誰のものか判明したらすぐに知らせるが、なにか証拠の品はあるのか」

「はい、盗まれた義統えつの作品のひとつ『魚座の涙』が、実業家の高山西南氏に売られました。今は手を回して私が預かっております」


「『魚座の涙』ねえ。魚が泣いている絵なのか」

「いえ、人魚が岩礁の上で涙を流している絵です」

 そこまで話せば、どんな絵なのかが伝わったようだ。


「そういうことか。確かに魚が泣いていても美術品にはなりえないな」

「今は息子さんの義統忍くんに委ねています。彼、小学生の頃から名の知れた名手でして。とくに母親の作品の模写には定評があります」


「模写をさせてどうしようっていうんだ」

「美術窃盗団を誘き出すのに使うのです。そこで、彼らを捕まえるために玉置さんにご協力願えないかと」


「証拠はすでに持っているわけだな。それならすぐに電話番号とメールアドレスを調べさせよう。これで美術窃盗団が全員逮捕できれば、警察の評価も高まるだろう」

 警察を利用して悪徳画商を見つけ出せたら、水田が接触を図る手はずになっている。


「犯人がわかりましたら、まず私が接触します。警察は顔が割れていると見てよいでしょう。息子の義統くんも連れていけば、母親の作品かどうかは見てわかるでしょうし」


「おいおい、水田だけでなく被害者の息子も会いに行くのか。口封じで殺されたら、犯人たちは野放しになってしまうぞ。いや、ちょっと待て。義統忍ってどこかで聞いた名だが」

 玉置警視の手が止まる。


 正規の画商でありパトロンでもある水田は美術窃盗団に素性が割れているかもしれない。

 だから身元を隠した忍を連れて会いに行くことになる。

 母親の絵をいちばん知っているのは忍だから、悪徳画商の扱う作品から母親のものを見つけるのも苦労しないはずだ。


 正規の画商が客を連れてきたということは、どこからか噂を聞きつけたということになり、場合によっては美術窃盗団は一時的にであっても地下に潜るかもしれない。

 だから忍と水田は、窃盗団が潜る前に接触して連絡手段を確保したいのだ。


「ああ、そういえば小学校に寄贈した絵が盗まれたという事件で、会ったことがあるな。たしか内閣総理大臣賞を獲った腕前だったはず」

 玉置警視は得心したようだ。


 模写が完成する頃までに見つけ出せれば万全なのだが、とりあえず模写さえ仕上げれば窃盗団を引きつけるにはじゅうぶんだ。


 模写を持っていって高山西南から買った「本物」だと確認させれば、美術窃盗団も動かざるをえなくなる。

 つまり二枚目、三枚目を売りつけようとするはずだ。


「他ならぬ水田の頼みだ。断るわけにもいきまい。すぐに調べさせるから、報告を待っていてくれ」 


 警察が動いてくれれば美術窃盗団と接触するのは難しくない。

 うまくすれば美術窃盗団をまるごと逮捕することだってできる。

 しかし、それでは奪われた絵の数々がどこかに死蔵されることになりかねない。


 だから、窃盗団を捕まえるよりも、泳がせて絵をすべていただくに限る。

 一枚目のみならず、二枚目、三枚目と奪われれば、美術窃盗団も警戒せざるをえない。

 おそらくコレクションの置き場所を変更するだろうから、そこを一網打尽にするのである。

 そのためにも、忍の模写は役に立つのだ。




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