第18話 高山西南との接触 事前交渉

 たかやま西せいなんのために『魚座の涙』の模写を描かなければならない。

 忍にとってはきっと楽しい時間となるだろう。

 初めて十二星座の連作のひとつを現物から模写することになるのだ。


 母の絵の模写は幼い頃の日課であった。

 その日々が再び戻ってくるのだから、嬉しくないはずはない。


「お渡しする模写は、父のコレクションを強奪した犯人に見せつけるように私にわざと盗ませてください」

「ということは義統さん自ら盗みに来るのですか。窃盗の専門家にまかせたほうがよろしくはありませんか」


「もちろん警察の警備は厳重にしてもらえば、私が捕まることもあります。ですが、まさか模写を描いた本人が盗みに来たとしても、疑う者はまずいません。ですので、私が捕まる危険性はきわめて低いのです。まあ事情聴取は受けることになりますが。よりよい模写を持ってきた、とでも言えばなんとかなるでしょう」


「ですが美術窃盗団を捕まえるために、わざととはいえ捕まるリスクを冒すのは割に合わないのではありませんか」


「その懸念はごもっともです。ですが美術窃盗団に見せつけなければ、第二第三の被害者が生まれかねません。私がうまく盗めたら適当なところに置いておきますので、それを高山様が警察に委ねれば、美術窃盗団は本物が警察にあるのではと迷うはずです」


 忍の言葉を水田が継いだ。

「もちろん、そううまくいくとはかぎりません。ただ、犯人の動きを抑制できれば、警察の捜査が進んでアジトか保管庫かが見つかる可能性もあります。そうなればよしむねくんの模写や父親のコレクションをすべて奪い返すこともできます」


 高山西南の瞳がらんらんに輝いている。

 これから警察と美術窃盗団を相手にひと芝居打つので高揚感に満ちているのだろう。


「ですので、警備は厳重にしてください。ですが私が盗みに来るので、理由をつけて警備状況はこちらに流していただけると助かります」

「うまくすれば美術窃盗団の動きを封じられるでしょうし、私の名前も売れますな。そうなれば会社も有名になるので、営業としての力添えも期待できる。手を組まない理由はないですな」


 高山西南にとっても、悪い話ではない。

 すでに忍の描いた「本物」を手に入れているのだし、模写をわざと盗ませて美術窃盗団を釘付けにする。うまくいけば美術窃盗団を壊滅させられるかもしれないのだ。

 そうなれば正義の味方としての名声も高まるだろうから、彼の事業にもきっとプラスに働く。

 その打算も込みで、高山西南は忍と水田の策に乗ろうとしているようだ。


 実業家はネームバリューが物を言う。

 だから、名を売る機会が巡ってくれば、拒否しづらいだろう。

 これは水田の読みでもあった。


「今回の作戦は、警察と美術窃盗団を騙すのが目的です。『魚座の涙』はなんとかして盗まれなければなりません。そこで警備に全力を注いでもらってください。絵が守られていたら美術窃盗団も奪い返しにはこられないでしょう。仮に奪い返しに来たとしても、警察が噛んでいるので美術窃盗団に渡らないように警護してもらえるでしょう。そうなれば当初の目論見どおりです」


「そして義統さん自身が盗みに来る、と」


「はい。私は盗みに関しては素人ですので、警察が手を抜いたところを狙います。ですので、固く配備してもらいながら、警察をうまく丸め込んで警備を手薄にさせてください。警察としては必ず捕まえてやると執念を燃やすでしょうから、美術窃盗団も近寄れないはずです」


「義統さんが捕まらずに美術窃盗団を抑制できれば、当然メディアも取材に来るでしょうな。うちの事業も宣伝してもらえそうですな」


「予告状を手に入れたら警察だけでなくマスコミにもリークしておくとよいでしょう。そうすれば美術窃盗団もおいそれとは近づけなくなります。だからこそマスコミにもリークしておけば、注目度はぐんと高まります。私が盗みに成功すれば、マスコミは面白おかしく書き立てるでしょうからね」


 そこまでお膳立てすれば、美術窃盗団もおいそれとは近寄れなくなる。

 だからこそ高山西南に売りつけたグループがどう動くのか。

 もし絵画が盗まれたものであると世間に知れれば、彼らとしては次の絵を売るわけにもいかなくなる。


「義統さんも水田さんも、危ない橋を渡ることになりますな。まあ模写を本物として売られたら、作者であるお母様の悪評が立つかもしれませんからな。なんとかこの芝居を成功させなければなりませんが」


「いちおう盗み方はある程度絞られていますので、警察とひと芝居打つにしても、高山様のご助力はお願いしなくてはなりません」

「私はもちろん乗らせてもらいますよ。美術窃盗団から買わされた偽物と本物を交換していただいたのです。窃盗団の鼻を明かすためには労を惜しみません」


「高山様、ありがとうございます。画商の私も業界を探ってみて、美術窃盗団を割り出すつもりではおります。ですが、盗品を扱う画商はなかなか見つかりません。なにか目印でもあればよいのですが、そういう都合のいいものはありませんからね」

「義統さんのお父様のコレクションで割り出せないのですか」

 水田がすかさず口を開いた。


「業界で知られたコレクションではありません。すべてを把握しているのは管理していた私くらいです。ですので画商のネットワークを活用してもおいそれと見つかるとは考えづらいのです。だからこそ、義統くんのお母さんの絵が売られたことを聞き及ばないかぎり、手の出しようがないのです」

「後手に回り続けると、労が多いですな」


「はい、ですから今回私が盗むことで、画商の界隈で注目を浴びさせるのです。義統えつの作品が盗まれている、と認識されれば、売りつけたとしても周りが、盗品ではないかと疑ってくれて情報が入ってくるようになります」


「そのための策略なのですね」

 高山西南は納得したように大きく頷いた。




(第四章完結。次話より第五章スタートです)


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