第17話 高山西南との接触 美術窃盗団

 たかやま西せいなんを前にして、横にいるみずの様子を眺めていた。


 黒い下敷きを丁寧に扱って専用の箱へと入れている。

 下敷きの外周だけに触れて挟み込む形で入れられるため、下敷きの中にある指紋を消さない特別仕様だと水田は言っていた。

 指紋採取だけでもこれだけ博識なら、警察の鑑識ともつながっているというのはまるっきり与太話でもなさそうだ。


 それでいて、これから起こすことは警察組織に反することになる。

 警察とつながっている者が関与していると感づかれたら、さまざまな騒動が巻き起こることだろう。


「これで高山様の指紋は完全に識別できます。あとはこの名刺と額に付着した指紋を精査すれば、犯人を割り出せるかもしれません。仮に初犯であっても、いずれ二枚目、三枚目が売られることは確実なので、そこを警察と押さえることもできるかもしれません」


 水田の話はやけに警察を強調している。

 こちらは警察とつながっているのだから安心しろということなのだろうか。

 しかし、もし水田が警察とつながっていなければ、壮大なハッタリもいいところだ。


よしむねさんのためにも、早めに一味を捕まえてくださいね。自分の模写が本物として売られたのでは、後で模写だと気づいた客が義統さんを問い詰めに来るかもしれませんから」


「そのようなことがないように、我々も警察と組んで美術窃盗団を追い詰めます。犯人とくに流しの画商を捕まえた際には、高山様にご協力をお願いすると存じますので、ご迷惑でなければよろしくお願いいたします」

 事前に水田から吹き込まれていたことを、忍はとうとうと述べ立てる。

 われながら、よくもまあこんな嘘をペラペラとしゃべれるものだと感心する。


「犯人をおびき出すために、警察とひと芝居打ちます。そのためのもう一枚の模写であり、予告状なのです」


「なるほど。そう言われれば確かに。模写をそのまま盗むわけではないのですね」

「はい。私の力作ですからこれはこれで私にとっては思い出深いのです。ですから、これから帰ってすぐに模写を始めます。まあ模写の模写ですから、オリジナルとはかなり違うでしょう。ですが、美術窃盗団が持っているのは私の模写のほうですから、オリジナルに似せては犯人を釣れません」


「そういうことですか。であれば犯人が持っている模写に似ているほうがよりよい餌となるわけですね」

「模写を描いたのが私本人ですから、同じ絵をもう一枚描くのも難しくはありません。それを予告状とともにそちらへ送りますので、警察に連絡をとってください。その動きは必ず美術窃盗団にも伝わりますので」


「ということは、美術窃盗団は警察の内通者ということですか」


「いえ、内通者ではありません。警察の動きを監視している者がいるはずなのです。そうでなければ安定して絵を窃盗などできませんからね。ですので、こちらの警察協力者にも内緒で作戦を進めなければなりません」


 はてさて、話がどんどん大きくなってきているが、水田には制御できているのだろうか。

 こちらが盗みに行くことを高山西南に知らせて、彼の協力を得るのはありがたいことだ。

 とはいえ、あまりにも手のうちを明らかにしてしまうと、盗み出すのに難渋するだろう。

 だからあえて計画をバラしているのかもしれない。

 そのぶん、忍に求められる技量が高くなるわけだが。


 いくら体育教師をしているからといって、絵を盗むのは初めてである。

 しかも警察に守られている作品を奪い取るのだ。

 まあ高山西南に盗ませるのは模写のほうだと説明してあるし、もしそれを警察に伝えれば、警戒の目も緩むかもしれない。

 仮に盗まれても模写なのだから、実害はほとんどない。

 まさかその模写を作った本人が盗みに行くなどとは考えもしないだろう。


 模写自体は数日で仕上がるが、盗み出す手はずを整えるのに時間を要するだろう。

 高山西南に協力してもらって、盗みやすい環境を整えてもらうつもりだが、警察を呼ぶことで警護は固くなるはずだ。

 警察を入れずに盗むこともできはするが、それでは美術窃盗団の耳には入らない。

 そもそも模写であっても、盗むと言われれば美術窃盗団の注目を浴びないはずはない。

 つまり、忍が盗むのを阻止する手はずを警察と整えることで、美術窃盗団に情報を流す。

 これで美術窃盗団は絵をうかつに売れなくなるだろう。そのために模写を作成するのだ。


 その旨を高山西南に吹き込まなければならない。


「私たちが模写をお渡しするのも、私が盗みに来るのが目的ではないのです。実際には私の模写をコレクションとして奪い取った者に警告を発することにあります。警察の耳に入れば、美術窃盗団も動かざるをえません。売りつけたのが強奪した絵であることが警察にバレれば、いくら内通者がいたとしても捜査の手が伸びてきます。だから必ず私が盗むのを阻止しようとする者が現れるはずです」


「美術窃盗団を牽制するために、あえて盗みに来るのですね。となれば警備も厳重にしておいたほうがよろしいのでしょうか」


「はい、予告日の前から警備を厳重にしてください。あとは私が盗みやすいように仕掛けを施す必要もあります。そこは警察とうまく連携して私に奪わせる手はずを整えてください。その模写には発信機を仕込んでおきますので、警察に受信機を渡して捜査させれば程なくして私が盗んだ模写は見つかるはずです。


「警察としても、始めから模写を盗ませる予定だと伝えれば、警備は厳重でも必ずスキが生まれます。警備の手が緩んだ状態になったところで私が盗みます。これで本物は私が持っていると美術窃盗団は誤認してくれるでしょう。高山様は安心して本物を所持できるわけです」


「かなり手の込んだ仕掛けですな。まあ姿の見えない美術窃盗団を牽制しようと思ったら、こうするのが手っ取り早くはありますな。偽物であろうと売りつけた絵画が盗難に遭うようでは買い控えも起こるでしょう。そのためにも義統さんが盗んだのが本物と誤認してくれるとシナリオとしては完璧ですね」


 高山西南も美術窃盗団を逮捕する気満々である。




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