第16話 高山西南との接触 宇喜多忠勝
「私のごとき若輩の描いた絵が、母の名画と間違われたのは不徳の致すところ。しかし、そもそも強奪に遭わなければこんな事態になることもありませんでした。もしよろしければ、絵を盗んだ者を捕まえるためにご協力願えないでしょうか」
忍の申し出に、高山西南は
深く考えるときのクセなのだろう。
「私としても、偽物を売りつけられたことに恨みがあります。幸い、ご子息であるあなたが本物と交換したいとお越しになったからよかったものの」
「この偽物はどちらから手に入れられたのですか」
「本人は流しの画商と申しておりましたな。ギャラリーは持たず、絵だけを持って売り歩いているのだとか」
それを聞いていた画商でもある水田が前に出る。
「それはおかしな話ですね。たいていの画商は古物商に類しており、営業には警察への届け出が必要です。古物商は登録している販売店でなければ美術品を売れないことになっております。流しの画商などという怪しげな者は存在するはずがないのです」
これは誇張が過ぎるだろう。
古物商といえど、移動式の店舗であれば問題なかったはずではないのか。
あとで問い詰めてみるか。
「なるほど。これからは流しの画商が来てもすべて断りましょう」
「ただ断るだけでなく、名刺や連絡先などをもらっておけば、警察に届け出ることもできます」
その言葉を高山西南が継いだ。
「そういえば、その流しの画商から名刺をいただいたのでした。画商であればご存じの方かもしれませんので、ちょっとご覧いただけますか。今すぐにお持ちいたしますので」
高山西南が応接間を出ると、忍は水田に釘を差した。
「古物商の許可云々はハッタリだろう」
「よくわかったな。だが、美術商でもなければ知らない知識でもあるからな。この際はそれを最大限に利用させてもらったまでだ」
やはり水田は一枚も二枚も役者が上だ。
このくらいの駆け引きができずに画商は務まらないのだろう。
となれば父もこれほどの交渉力があったということか。
「俺の交渉術は
まるで忍の心を読んだかのように水田は述べて唇をゆがめた。
高山西南が二人の待つ応接間へ足早に戻ってくる。左手に紙片を持っていた。
「義統さん水田さん、これがその流しの画商が渡してきた名刺です。これがなにか役に立ちますでしょうか」
「ちょっとお借りします」
水田は手袋をしてから名刺を受け取った。
「
「知りませんか。ということはもぐりということですね」
「私が名前を知らないということは、正規の画商ではありません。おそらくは盗品を専門に扱っている者でしょう。この男を押さえれば、義統さんのお父さんのコレクションを奪い返すことも叶いましょう」
この水田という男、本当に頭が切れるな。
日本の主だった画商をすべて記憶しているのだろうか。
またハッタリかもしれないが、ここまで見事に言い切れば、相手に不信感を与えない。
「その名刺はお持ちくださいませ。私としても盗品にかかわった画商とはつながりを持ちたくないですからな」
「それではお預かり致します。画商の指紋と照合したいのですが、そのために高山様の指紋を採取してよろしいでしょうか」
「かまいませんが、今からできますかね」
水田はカバンから下敷きを取り出した。なぜ下敷きなんだろうか。
「実は私、警察の鑑識と手を組んでおりまして。高山様が触れたなにかがあれば、指紋鑑定するのはそう難しくはないのです。この黒いプラスチックの下敷きに手を置いていただければ、それだけで警察はあなたの指紋を採取する手間が省けるのです」
「なるほど。警察とつながりがあるのですか。だから盗品を野放しにできないのですね。義統さん、すべての模写が無事に奪還できることを応援いたしますよ」
「後日、高山様にご協力いただくことになると存じます。この偽物からもう一枚模写を作ります。いったんお預けして、その模写を盗むという予告状が来たと警察に告げていただきたいのです。警察が動いていることが美術窃盗団に伝われば、うかつに模写を売りつけるわけにもいかなくなるでしょうから」
忍は高山西南に今後の策を打ち明けた。
「本物」と交換できたのだから、本来ならここでお別れしてもよいのだが、それだけでは押しが足りないと水田から言われていた。
こちらから「本物」を奪い取ろうという格好を見せなければ、美術窃盗団を牽制できない。
「そうですか。そのときはぜひお力添えいたしますので、なんなりとお申し付けください。本物を委ねていただいたお礼もしたいですので」
「本物はどこかに隠しておいてくださいませ。模写は数日で仕上げますので、それが整い次第窃盗の予告状とともにこちらへ送付いたします。それからはその美術窃盗団と警察の捜査にまかせていただければ、私の模写を強奪したホンボシをあぶりだせるはずです。おそらくですが、真犯人は複数です。全員を捕まえるためには、他に盗品の偽物を買わされた人を全員見つけ出す必要があります」
「それでしたら、私のほうからも情報網を広げておきましょう。知り得た情報はすべてお渡しいたします」
どうやら高山西南はこちらの言い分を完全に信じたようだ。
やはり「本物」を持ってきて委ねてきた人物を疑うことはまずできない。
「ありがとうございます。ただ、あまり深くまで探ろうとはしないでください。絵の強奪までするような連中です。警戒網に引っかかれば、害そうとする者が近づいてくるでしょう。あくまでも通常の会話で得た程度の情報でかまいません」
水田の説明には真実味がある。
実際問題、水田が警察と組んでいなければなかなか情報を集めるのも難しいだろう。
ということは、密かに警察とつながっている可能性もあるのか。
もし水田が忍をハメようとしてここまで話をでっちあげている可能性も否定できないのだ。
果たして水田は忍の理解者なのかハメようとしているのか。
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