第四章 高山西南との接触

第15話 高山西南との接触 本物と贋作

 母の作品、失われた十二星座の連作のひとつ『魚座の涙』を現在所有しているという資産家の邸宅へみずの運転する電気自動車でやってきた。


 門扉にプレートが埋め込まれている。

たかやまさん、ですか。母の作品のしゅうしゅう家なのでしょうか」


「いや、君のお父さんのネットワークにはない名前ですね。おそらく売り主つまり強奪犯のネットワークにつながっているのでしょう」

「そこまでわかるんですか」

 水田は軽く咳払いして空気を変えた。


「これからは犯罪を暴き立てるために戦う者同士だ。お互い敬語はやめようか。どうせ俺は買わされたやつを見つけて取引を持ちかけるくらいしかできることがない。まあいろいろと必要な品物の手配できると思うが。だが、交換する絵を描くのも、実際に交換するのも基本的には君の役割だからな」


「わかりました、水田さん」

 改まった口調をしたことを水田に指摘された。

「わかったよ、水田。これでいいか」


「ああ、そのくらいふてぶてしくなければ、相手に足元を見られるからな」

 水田はワイシャツのポケットに入っていたスマートフォンを取り出して慣れた手つきで話し始めた。


「高山西せいなん様でございますね。私、先日お電話を差し上げた画商の水田と申します。高山様がお持ちの作品ががんさくであるとお伝え致しましたが、ただいま本物を持って玄関先までお伺いしておりまして。できましたら、贋作と本物を交換したいと考えておるのですが」


◇◇◇


「まずは高山様がお持ちの『魚座の涙』を拝見できますか」

「ええ、かまいませんよ。これが贋作とは思いもしませんが」


 玄関から応接間へ案内された。

「もちろん私が持っているほうが贋作かもしれません。ですが、本物を凌ぐ贋作など存在するとも思えません」

 忍は包みに入った模写を丁寧に扱いながら高山西南の後をついていく。


「こちらにございます。どうぞご覧ください」


 これが本物の『魚座の涙』か。

 写真でもじゅうぶん美しいと思ったが、やはり実物は違うな。

 だが、本物だからこそわずかにデッサンが狂っているのだ。

 母の絵の蒐集家なら看破しえたろうが、初めて触れたのであれば騙す余地はじゅうぶんにある。


「やはり、これは贋作ですね。見てください、この部分。わずかですがデッサンが狂っています」

「どれどれ。うーん、私には正しいように見えますが」

「それでは私がお持ちした本物をご覧くださいませ」

 忍は持ってきた包みをゆっくりと解いていく。


「これが本物の『魚座の涙』ですか。比べてみてもよろしいですか」

「はい。じっくりと比べてください。お買いになった絵画が贋作であるとひと目でわかるはずです」


 高山西南は左手の画架に自らが買い付けた作品を、右手の画架に忍が仕上げた模写を置いて見比べている。

「お持ちいただいた絵にはデッサンの狂いが見当たりませんな」

 高山西南がしげしげと眺めている。


「なるほど、確かにこの絵は完璧ですな。並べて見るとよくわかりますが、私の絵にはデッサンに甘い部分が見受けられる。どちらが贋作であるかは一目瞭然ですな。買わされた絵でも素晴らしいと思っておりましたが、やはり本物は佇まいからして違いますな」


 どうやら騙せはしたようだ。これでひとつの関門はクリアした。


「で、あなたが持つ本物を私の贋作と交換して、あなたにはどんな利があるのですか。あなたが本物を手放して贋作を手に入れたら単純に損をするだけのように感じるのですが」


 ここからが本腰を入れて交渉しなければならない。

 わずかでも不審なところを見せると計画がバレかねない。


「実は私はこの作者の関係者なんです。世の中に粗悪な贋作が大量に出回っているのを見て見ぬふりをしているのがつらいのです。正当に評価されてこそ、作者の名誉も守れるのですから」


 ここまで言って高山西南の様子を見ていたが、もうひと押しするべきだろうか。


「この絵は十二星座の連作になっています。そのコレクションを私が模写して残していたものを、何者かに奪われてしまったのです。私はまだ若輩ですから、デッサンがどうしても狂ってしまいます。だから盗まれたのが模写のほうだと気づいたのです。そして、その模写をもとに贋作が作られたと知り、画商の水田さんに購入者を探してもらいました」


 高山西南は大きく頷いた。


「あなたがこの絵の書き手でしたか。それであれば贋作が出回るのを放置できませんな。わかりました、あなたを信じましょう」


「実はそれだけでなく、絵の入手経路を教えていただきたいのですが。私の模写から贋作が作られたのであれば、これからも被害者が続出するかもしれません。画商がそれらを売りさばく前に捕まえて私の模写を押さえたいのです」


「入手経路ですか。それはなかなか明かせませんね。美術品は画商との信頼関係で取引されますから」


 水田がここで割って入る。


「もちろん簡単にはお教えいただけないことは私どもも承知しております。画商であるこの水田としても、取引のある義統さんの情報はなるべくならお話ししたくはありません。しかし今回は盗難という法律に触れる事案でもあります。もしかしたら、知らぬ顔をしてまた贋作を売りつけてくる可能性は否定できません。少なくとも一作であっても贋作を購入してしまっていますから、先方としても売り込みやすいとみなしているはずです」


 水田の問いかけに、高山西南はあごに指を添えて考え始めた。

 水田が言うように、一度贋作を買ったということは、二度目もありうる。

 いくらでも買ってくれると思えば、なおさらだ。




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