第6話 義統忍、小学生の逸話 小学生絵画コンクール

 しのぶが小学三年生になったとき、新たに担任となった教師が図画工作の時間である提案をしてきた。


「みんなで小学生絵画コンクールに応募してみましょう。どんな絵でもかまいません。描きたいものを描いてくださいね」


 もちろん新たな担任教師が忍の実力をすべて知っていたわけではない。

 ただ単に、クラス全員の小学生の記念になるからという理由だった。

 もし当初から彼の実力を見抜いていたのなら、彼だけに応募するよう仕向けただろう。そのくらい同世代では並ぶ者なき実力を有していた。


「全員で応募しますから、一か月かけてありったけの思いを詰め込みましょう」


 その提案は、まさに記念応募以外のなにものでもなかった。

 忍からその話を聞いた父・傑は、彼にとびきりの作品を描くように命じた。


「画家の息子なんだから内閣総理大臣賞くらいは獲れて当たり前だ。全力で描いて皆を驚かせてやれ」

 モチーフとなる花束を買い与えられると、すぐさま製作に取りかかった。


「描きあげるまで登校しなくていい。その代わりとびきりの作品に仕上げるんだ」


 父の意欲は凄まじく、大賞となる内閣総理大臣賞を是が非でも獲れる作品が描けるまでいくら時間をかけていいという意気込みだ。


 当然忍は父の期待を重く感じながらも、大好きな絵で家族だけでなく級友にも認められたいという思いも強かった。

 だがそのために学校を休むという発想はない。


 さっそくコンテでキャンバスにデッサンを描き、そこに油絵の具を盛っていく。

 そうして出来あがった作品を父に見せてOKが出るまで描き直した。


 そして四枚目で初めて許可が出て、それを翌日小学校へ持っていくべく丁寧に額へ収めた。

 父の忠告により、真っ白なキャンバスとコンテも袋に入れておく。


 月曜日に絵を持って登校すると、すぐさま職員室にいる担任教師を訪ねた。

「先生、絵を描いてきました」

 そういって額装を見せると、職員室にどよめきが湧き起こった。


「義統くん、これ本当にあなたが描いたのかな。ご家族が描いたってことはないわよね」

 担任教師も思わず疑いたくなるほどの出来栄えである。

「父がそう言われるだろうから、これを持っていけと言われています」


 額装を取り出した袋から真っ白なキャンバスとコンテを取り出して、職員室の窓際に置かれていた植物のデッサンをスラスラと描き進めていく。そうしてものの五分ほどで完璧なデッサンを描いてみせた。


「まるで手品を見ているような気分ね。ここまで描ける小学三年生なんて見たこともないわ」

 担任教師は額装の絵と今描いたデッサンを両手に持って見比べている。


「これは大賞間違いなしね。もちろん同じ小学生でここまで描ける子がいなければ、だけど」


 覗き込んでいる先生は、へえとつぶやきながら見比べている。

 なぜ父がキャンバスとコンテも持っていくように指示したのか。その理由がわかった。

 完成度が高すぎて、忍の作品ではないと思われかねないからだ。実際に描いている姿を見せて、そのデッサンの出来栄えを見せれば、否応なく納得せざるをえない。


「これだけ描けたらダントツですよ。こんなところで未来の巨匠にお目にかかれるなんて」

「未来の巨匠かどうかはわかりませんけど、うちの六年生と比べてもレベルは遥かに上ですね」


 騒ぎを聞きつけた教頭先生が近寄ってくる。そして油絵を食い入るように眺めた。


「これは玄人裸足だね。一流の画家しか太刀打ちできないだろうから。たしか義統くんのお母さんってプロの画家でしたよね」

「えっ、そうなんですか。それは知りませんでした。だからこれだけ描けるのね」


 教頭先生は細かいことをよく憶えている。とくに生徒に関連した情報はすべて頭に叩き込んでいるくらいだ。

 母が画家をしているなんて噂レベルのはずだが、それでも憶えている。

 おかげで忍が説明する必要がなくなってありがたいのだけれども。


「お母さんの絵はお父さんが独り占めしているんです。だから、手本には事欠きません」

「なるほどねえ。絵の英才教育を受けてきたというところですね。これほどの逸材を見逃すなんて、前の担任は節穴だったのかな」

「いえ、低学年の図画工作は基本的に紙粘土や製図の基礎を学ぶだけですから。水彩絵の具でさえ中学年から始めます。まして油絵の具なんて小学生では習いませんよ。早くても高校の美術部くらいですね」

 担任教師が説明すると、その場にいた皆が納得したようだ。


「このレベルなら、今からでも美術大学へ推薦入学できますよ。そのくらい基礎がしっかりしています」

「そういえばあら先生は絵が得意でしたな」

「美大から教育課程に進んで教師になったんです」

「ということは、やはりこの絵のレベルの高さは見てわかるのですね」

 荒井先生は大きくうなずいた。


「ええ。これだけの才能が公立小学校にいるなんて、宝の持ち腐れかもしれませんね」

「公立小学校にも才能のある子がいてくれて、私は誇りに思いますけどね」

 教頭先生の言い分に職員室にいる大人全員が同意した。


「これをそのまま郵送すればいいんですか。油絵だから特別な送り方があるのかもしれませんが」

「募集要項を確認しておきますね。とりあえず額に入れていないと品質が保てませんから、額装のまま送ることになるとは思います」

「これでわが校も有名になるなあ。内閣総理大臣賞は確実ですよ」


 小学校の締め切りは一週間後だったが、忍の油絵は特別に、その日のうちに単体で送付することとなった。


 そして翌日の放課後に小学生絵画コンクールの実行委員会から詳細を求められることとなった。やはり小学三年生が描いたとは思えなかったのだろう。


 実行委員会の責任者と担任教師が忍の家までやってきて、実際に忍が油絵を描いている姿を見せてようやく納得されたほどである。


 最終選考を経て、忍の作品は当然のように内閣総理大臣賞を授かった。




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