第3話 怪盗コキア、最初の事件 義統傑

 はままつ刑事と駿河するが刑事は、情報屋のてつのところへ戻ってきた。


「浜松の旦那、電話でも説明できるんだけどなあ」

「俺はああいうのが使いこなせないんでな。本庁からの支給だから仕方なく使っているが」


「まあいいや。旦那が探している『魚座の涙』っていうのは、ある画家の描いた絵のタイトルらしい」

「絵のタイトル、そのとおりだ。それ今の所有者とどこまでのやつが知っているのかはわかったか」

 浜松刑事はトントン拍子で情報を聞き出していく。


「どんな絵かはわからなかったな。ただ、今の所有者は田園調布に住んでいることは突き止めた」

「どうやればタイトルから所有者が突き止められるんですか」


 駿河刑事としてはちんぷんかんぷんだ。どういう理屈でタイトルから所有者を割り出せるのか。


「まあ最近市場に出てきた作品らしくて、話題性があったというのが第一の理由だな」

「界隈ではそんなに有名なのか、『魚座の涙』って絵は」


「『魚座の涙』だけじゃない。十二星座を題材にした連作十二枚のうちの一枚といわれている。そのコレクションの一部として今回『魚座の涙』が売られたらしいんだ」


「所有者がわかったのなら売ったやつもわかるんだよな」

 浜松刑事はさも当然のように哲へ問いかけた。


「おうよ。画商のただかつが売り主だな。十二枚の連作をすべて手に入れてひと儲けしようって腹らしい」

「宇喜多か。やはりやつが一枚噛んでいやがったのか」

「さすが旦那だな。そのとおり。宇喜多が所有しているのには裏がある、と言われている」


「もしかして、盗品か」

「ご名答」

 宇喜多がどこからか十二枚の連作を盗み出して、一枚ずつ売りさばいて儲けようって魂胆か。


「宇喜多の狙いはおそらく二、三枚売ってから、十二枚の連作との触れ込みで買い戻してワンセットで数億の値をつけようってところだろうな」


 かなり強引な商売である。一般の画商にそんなことができるのだろうか。

 そもそもが盗品なのだから、余計に始末が悪い。


「で、盗まれた画家は今どうしているんだ」

「死んでいるよ」

「殺しか」


 もし『魚座の涙』が強盗殺人で手に入れた代物なら、警察が動くにじゅうぶんな理由にはなる。ただしそれは一課の領分だ。


「いや、画家のほうは十年前に死んでいる。奪われたのはパトロンだな。よしむねすぐるといって画壇では結構な有名人だった」


「義統傑って、もしかして息子がいませんでしたか。しのぶっていうんですけど」

「さあ、そこまでは知らんな。そのパトロンも画家のあと程なくして亡くなっていて、彼のコレクションのなかから強奪されたのが、今回話題になった十二星座の連作ってわけだ。今そのコレクションを管理している男から聞いた話だがな」


「義統忍が所有者と関係があったこと、お前知っていたか」

 浜松刑事は違和感を抱いた。警察の関係者が予告状の出された絵画の関係者、というのはあまりにも出来すぎてはいないだろうか。


「忍は高校の同級生だって話しましたよね。模写の天才として学校では知らぬものがいなかったくらいです」

「ほう、模写の天才か。どのくらいすごいんだ、そいつは」


「前も言いましたが、ピカソやダ・ヴィンチといった著名な画家の作品を、写真を参考にするだけで精巧に真似られるんですよ。あまりにすごすぎて美術の先生も引いていましたけど。だから絵の腕前は高いのに最高評価は逃し続けたんです。それでも彼は模写しか描かなかったんですよ」


「へえ、面白い逸話だな。それだけモノマネがうまいなら、前回の依頼は的を射ていたことになる。だが画家としてひと花咲かせるのも可能だったろうに」


「なんでも、絵を描くのは母親だけでたくさんだって言っていましたね。名も知らぬ画家だったらしいですが、父親の援助があって創作を続けていたという話です」


 まあ画家とパトロンが結婚するのは昔からよくある話だ。

 女性画家と男性パトロンだけでなく、男性画家と女性パトロンつまりパトロネスの組み合わせも存在している。


「もしかすると、パトロン義統傑の妻、つまり息子の母親が十二星座の連作の画家かもしれないな。そうすれば筋は通る」

「ですが、去年の同窓会のときに、絵はやめて体育教師になったって聞きましたけど。父親は死んでいたはずですが、絵画を受け継いだという話は聞いていませんから。だから前回の協力の際は引き受けるのをためらっていたんですよ」


「それじゃあ今回の件とは無関係と見ていいな。もしお前の同窓生が父親の遺産として絵画を譲り受けていたら、第一容疑者ってことになるが。その義統傑のコレクションが盗難に遭ったのなら、警察に盗難届が出ていていいはずだ。駿河、義統傑のコレクションの盗難届が出ているか本庁に確認をとってくれ」

「はい、おやっさん」

 駿河刑事は内ポケットからスマートフォンを取り出すと、ただちに本庁へ連絡を入れた。


「しかし世の中狭いもんだな。盗難担当の刑事のところに舞い込んだ予告状で名指しされた名画が、高校時代同窓生の親のコレクションだった。これって偶然かね」

「それを言うなら、高校時代同窓生の親のコレクションが盗難に遭って、それを奪い取ろうとする何者かから予告状を受け取った三課の刑事。というのも偶然としては出来すぎだろうな」

 電話を終えた駿河刑事が口を挟んだ。


「それ、どちらも同じことですよね。ただ見ている方向が異なるだけで。僕は義統がそんな犯罪に手を染めているようには思えないんですよ。絵なら好きなだけ模写して増やせるんだから、あえて犯罪に走る必要なんてありません」

「そんなに模写がすごいのなら、悪の組織にでも連れ去られて贋作づくりを手伝わされるなんてこともありうるな」


 美術の先生も模写ばかりうまいと、贋作づくりをさせられて搾取される人生を歩むぞって言っていたっけ。


 駿河刑事は義統忍と連絡をとってみようかと考えた。

 彼の関与がなくても、父親のコレクションが盗難に遭って、それを奪い取ろうとする者がいる。

 そのことを知る権利が彼にはあるように感じたからだ。




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