第2話 怪盗コキア、最初の事件 浜松・駿河

 はままつ刑事と駿河するが刑事は、まず千代田区に矢作やはぎゆうさくという人物が存在するかを調べ始めた。

 するとひとりだけだが実在した。ここをとっかかりにして捜査を進めていくことになる。


 浜松刑事と駿河刑事が手掛けた盗品売買の事件でも一時話題にのぼった『魚座の涙』は、警察関係者の他は数名しか知らないはずである。

 だからどういう美術品か、そして、誰が所有しているのかを情報屋に探らせることとした。

 再びの盗難を避けるためにも、『魚座の涙』が美術界でどのようなランクにあるのかがわからなければ、守りを固めようがないからだ。


 浜松刑事は情報屋に電話した。

てつ、お前『魚座の涙』っていう美術品を知っているか」

〔『魚座の涙』なんて聞いたこともねえな。そもそも魚は涙を流さんだろうに〕

「いや、美術品だからそれをモチーフにしているんだよ」


 ふたりの間に沈黙が流れる。

 どうやら情報屋の哲はいろいろと計算を巡らせているようだ。


〔まあ珍しいタイトルだから、美術商に聞き込めばすぐ割れるだろう。あとで連絡する。報酬はいつもどおりに〕

「わかっているよ、哲。誰が持っているのかとどの範囲の人間が知っているのかまで調べられたら、いくらかでも追加するぞ」


〔よし、交渉成立だ。それじゃあすぐに当たってみるわ〕

「ああ、頼んだぞ」

 通話を切ると浜松刑事はスマートフォンをスーツの内ポケットにしまった。


 これで『魚座の涙』の捜索は短縮できる。あとは矢作友作氏を訪ねるだけだ。


◇◇◇


 千代田区外神田にあるアパートに「矢作友作」のネームプレートを掲げた一室があった。

 浜松刑事と駿河刑事はその部屋のドアの前に立っている。


「平日の午後ですからね。仕事に出られていると戻ってくる時間がつかめませんけど」

 駿河刑事の問いに、浜松刑事は頭を掻きむしった。


「とりあえず周辺の聞き込みをするぞ。矢作友作の仕事や人柄、美術品との関係性を中心にすな」

「でも、こんな都会のど真ん中に住んでいる人の情報がすんなりと集まるかどうか」


「まあ普通はわからんだろうな。だからこそ真犯人がこんなところに住んでいる人物になりすましたんだろうからな」

「ということは、今回の予告状の差出人ではない、とおやっさんと見込んでいると」


「俺のカンはそう告げているな。そもそも真犯人も矢作友作が実在するとは思っていなかったんだろう。それでも俺たち警察はきちんと裏をとらないとダメだ。思い込みで捜査をして成功したためしなんてないからな」


 そこで駿河刑事は浜松刑事に伴われて、周辺の聞き込みを開始した。



 聞き込みの結果、集まった情報から人物像を築いていく。

「矢作友作はアニメ・マンガ関係の小売店勤務だそうです。正社員で通勤のため二年前に引っ越してきた。もし『魚座の涙』がアニメやマンガと関係すれば、盗む名目は立つわけですが、実際には異なりますからね」


「おそらく関係ないだろうな。従業員が欲しがるほどのものなら、俺たちだって名前くらいは聞いたことがあるはずだからな」

「確かにそうですよね。やはりどこかのマニアックな作品なのでしょうか」

「少なくともアニメ・マンガの類は外してよかろう。まあ確定させるのは矢作友作と話してからだがな」


 浜松刑事と情報を交わしながら矢作友作のアパートに戻ってくると、当該の部屋に明かりが灯っていた。


「どうやらご帰宅のようだな」

「それではさっそく聞き込みますか」

 部屋のインターフォンを押すと、小綺麗な格好をした青年がドアを開けた。


「矢作友作さんですね。私たち警視庁のものですが」

 スーツの内ポケットから警察手帳を取り出して掲示した。

「警察の方がなにか」

 まったく隠しごとのない表情を浮かべている。

 これは外れだな。

 そう思いはしたが、浜松刑事は例の予告状を開いて矢作友作に見せた。


「ここに君の名前がある。住所はデタラメだが、確かに君の名前だな」

「俺、こんな手紙は出していませんが」

「でしょうな。ちなみに『魚座の涙』というのがなにを指すかご存じですか」

「いえ、まったく。アニメやマンガであれば知っているはずですが、『魚座の涙』なんて聞いたこともありません」


 まあ当然か。これで彼への疑いは晴らしてよいだろう。

 ただ、任意で部屋の捜索に協力してもらえるかは交渉するべきだろう。


「疑いを晴らすためにも、お宅を捜索したいのですが」

「それって時間がかかりますか。すぐに晩飯を食べたいのですが」

「作りながらでかまいません。この手紙に使った封筒やコピー用紙を確認したいだけですので」

「コピー用紙はうちにもありますけど、同じものかの証明は難しいですよね」

「一枚頂戴できれば、科学検査にまわしますが。それで違うと判定されて容疑から外れるかもしれません」


 矢作友作はちょっと悩んで同意した。

 さっそく部屋にあがって封筒やプリンタなどを調べていく。


「これ、レーザープリンタのようですが」

「ええ、仕事で使うものなので、水でにじむインクジェットは使えないんですよ」


「予告状にもレーザープリンタが使われているようなのですが。まあインクジェットプリンタで打ち出してコピーをとればいいだけではありますね」

「そのとおりですね。インクジェットでもにじまない工夫はいくらでもできますよ」

「そうなんですか。コンピュータにはお詳しいのですか」

 矢作友作に問いかけると、彼は冷蔵庫から焼きそばとカット野菜の袋を取り出した。


「ええ、子どもの頃から使っていますからね。もうパソコン歴は二十五年くらいになりますね」

 四半世紀とはすごいとしか言いようがない。


「予告状を出した犯人について心当たりはありませんか」

 駿河刑事が矢作友作に問いかける。


「どうやって俺の名前を知ったのかはわかりませんね。まったくのデタラメを書いた結果、当たってしまっただけに見えます。そもそもお探しのものがなにかわからないので、誰かのスケープ・ゴートにされたとは考えづらいですね」

 会話を続けていると、浜松刑事のスマートフォンに連絡が入った。


「『魚座の涙』がどのあたりまで広がっているのかわかったって。哲、今からそちらに向かうから情報を整理しておいてくれ」


 矢作友作の部屋を早々に退室して、浜松刑事と駿河刑事は情報屋の哲のところへ向かった。




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