怪盗コキア〜魚座の涙

カイ艦長

怪盗コキア THE FIRST

第一章 怪盗コキア、最初の事件

第1話 怪盗コキア、最初の事件 予告状

 冬の走りで忙しいさなか、警視庁捜査三課に一通の郵便物が届いた。

 官庁への郵便物はいったん窓口部署が開封し、安全が確認されてからそれぞれに配られる仕組みとなっている。


たま課長、おはようございます」


 登庁した三課長の玉置警視は毎朝のルーチンどおり、サーバーから香り立つ熱いコーヒーをカップになみなみと注ぎ、課長席へと運んだ。

 腰を落ち着けてまずは売店で購入した新聞と週刊誌の流し読みをする。葛切新聞、毎朝新聞、共同新聞などのメジャー紙のみならず、スポーツ新聞や写真週刊誌の類にも目を走らせる。そのあまりのスピードに課員はみな感嘆を覚えるほどだ。


 始業から一時間経ち、新聞・週刊誌へ目を通し終えた玉置警視は、捜査三課宛の郵便物である二通の手紙にひとつずつ目を通していく。

 そして対応にふさわしい課員を選んで捜査を指揮するのである。


 捜査三課に郵便物が送られてくることは稀だ。

 窃盗団に関する情報は基本的に捜査三課員が手を組んでいる情報屋からもたらされる。市民からの情報提供は電話で寄せられるもの。

 あえて到着の遅れる郵便物として送る必要がないのだ。


 だから、届いた二通の手紙のなかに窃盗の予告状が含まれているなど考えもしなかった。


 そもそも情報化社会が発達し、監視カメラ・防犯カメラの設置台数を考えると、今の時代に予告状を送ってくる窃盗団が存在するとも思えなかったからだ。


 実際に差出人名の入った封筒を開いてそれが窃盗の予告状だと気づいたのだが、その頃には多くの課員が情報屋への聞き込みに出かけた後だった。


 差出人がわかっているのであれば対応は簡単だ。

 玉置三課長はまだ聞き込みに出かけていなかったはままつ警部補と駿河するが巡査を呼びつけた。


「玉置課長、どうしたんですか。われわれになにか任務を授けようってことで」


 浜松刑事は三課のベテランで、二番目に位置する捜査チームのリーダーから今年外れたばかりだった。

 茶色いスーツに、同じく茶色でよれよれのコートを手に持っている。冬場の聞き込みに適した服装といえるだろう。いくつもの窃盗事件を解決してきた ふる強者つわものでもある。


「浜松、駿河。この手紙の差出人探しと裏取りをしてほしい」

 課長は予告状入りの封筒をスチール机の上に突き出す。


◇◇◇


 浜松は失礼と断ったうえでそれを手にとってなかを確認した。


〔ある資産家が所有する名画『魚座の涙』を頂戴する〕


 あまりにもそっけない文面だ。封筒の差出人欄には千代田区のはぎゆうさくと書かれている。

「ずいぶんと情報量の少ない予告状ですな。それにしても『魚座の涙』とはまた奇っ怪な」

 読み終えた浜松刑事は駿河刑事に手紙を渡した。


 駿河刑事は三課の新入りで、今年警察学校を卒業して浜松刑事の下に配属された。

 品のよさそうな物腰の柔らかさと質の高い背広とコートを着用しており、刑事としてはやや骨がないように感じられる。

 その割には走力と逮捕術にすぐれており、浜松刑事の下ですでに配属半年で片手の指ほどの窃盗犯を逮捕している三課期待のルーキーだ。


 浜松刑事は課長に語りかけた。

「浜松なら、抱えている情報屋からなにか聞き出せるだろう。さっそくとりかかってくれ」

「いたずらの線が捨てきれませんな」


 駿河刑事から封筒とともに質問が返ってきた。

「この千代田区の矢作友作って偽名ですよね」

「まあ窃盗の予告状へご丁寧に本名を書くバカはいないだろうな」

 だが、捜査の手がかりとしては真っ先に確認するべき事項ではある。


「それじゃあまずは実在するか確認し、もし実在したら手紙を出したかの確認をすることになりますね」

「それも含めて、いたずらという可能性が高いな。予告状を送ってくる窃盗犯なんてのは、時代遅れも甚だしいからな。前の事件では首尾よく逮捕できたくらいだからな」

「じゃあわれわれは最初から見込みのない捜査を行うことになるんですか」


 駿河刑事が吐息を漏らすと、浜松刑事がすかさず切り返してきた。

「本物の予告状だった場合は、警告されていた警察が叩かれる可能性もある。差出人探しとともにこの『魚座の涙』の所有者のところにも赴かければいかんな」

 その言葉に駿河刑事は疑問を覚えた。


「おやっさん、この予告状になぜ『魚座の涙』とやらの情報がないのでしょうか。本気で予告状を出して盗もうとするのなら、どこにあるものかを書かないと意味がないですよね。もしかしてですが差出人にも『魚座の涙』がどこにあるのかわかっていないのではないでしょうか。つまり私たちに探させて、手間を省こうとしている、とか」


 浜松は封筒をスーツの内ポケットへしまうと、首を傾げた。

「確かに駿河の言うとおりか。警察に挑戦状を叩きつけておきながら、『魚座の涙』とやらがどんなものかやどこにあるのかが書かれていない。われわれに見つけてくれという裏も考えられるな。そもそも警察が美術品の情報を集めても不自然に思われんからな」

「変装が得意な犯人なら、われわれに化けてすでに捜査を始めているかもしれませんね」


 つまり、予告状が届いた時点ですでに警察は犯人のいくらか後ろを歩いているも同然だ。しかもとっかかりとしての差出人探しもしなければならないので、その差は開くばかり。

 このまましゃべっていては完全に後れをとるに違いない。

 迅速な着手が求められる事件といえよう。


「他の課員にもお前たちの捜査に協力させる。ただちに差出人と『魚座の涙』の所持者に面会してきてくれ」


「わかりました、玉置課長」

 ふたりが揃って返事をすると、浜松刑事がよれよれのコートを素早く羽織った。 


「駿河、さっそく聞き込みに行くぞ」

「はい、おやっさん」

 駿河刑事は浜松刑事のあとを追いかけた。




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