エピローグ

 


 本棚に置かれている木製の時計の短針は三という数字を、長針はゼロという数字を指していた。オルゴールの世界に長いこといたのに、現実世界では三十分ほどしか進んでないのだ。

 服も探検服から、探偵風な服に戻っている。


 帰ってきたんだ…。


 希愛のあは胸元についているリボンをギュッとにぎった。


 カラン、コロン。


 水色のトビラがドアベルを叩いて開く。ふりむくと、そこにはスラリと背筋が伸びた男性が光を背負って立っていた。


「あ、おじいちゃん!」


 絢音あやねがとびっきり明るい声を出した。おじいちゃんと呼ばれるにはちょっぴりと若い男の人が、優しげな顔をして手をあげる。


「おお、アヤちゃん。おつかいを頼んだのに出かけてて悪かったね。ヤマダさんのお家にオルゴールを届ける予定があったのを忘れていてね……。おや?」


 絢音のおじいちゃんがあごに手を置き、希愛を見つめる。


「アヤちゃんが友達を連れてくるなんて、めずらしいね。はじめまして。絢音の祖父です」


「あ、はじめまして!絢音ちゃんの友達の希愛です!」


 希愛は絢音とつないでいた手離し、深々と頭を下げた。


「希愛ちゃん、ね。可愛い名前だ。さ、そんなに改まらないで。キミたちの話を聞かせてほしいな」


「私たちの?」


「あたしたちの話ですか?」


 希愛と絢音は顔を見合わせた。


 いきなり話を聞きたいだなんて、どういうことだろう。


 希愛は首をかしげる。


「……キミたち、オルゴールの世界に行ってきたでしょう」


 どくんっ。


 心臓がとびはねる。少しだけ低い声で、おじいさんは希愛たちの核心をついてきたのだ。絢音のおじいさんが優しい瞳で希愛と絢音を交互に見つめる。


 絢音は動揺して、

「な、なんでわかったの?」

 と、声をふるわせ、たずねた。


「ハッハッハッ。わかるとも。ここのオルゴールを誰が作ったと思ってるんだい?それに、なんてったって、アヤちゃんの顔つきがちがう。…そこの希愛ちゃんがオルゴールのトビラを開いたんだね」


 希愛はごくりとツバを飲み込み、うなずいた。


 このおじいさんには何でもお見通しってわけだ。


 今度は絢音が深く深く頭を下げた。



「おじいちゃん…、ごめんなさい」


「どうして謝るんだい?」


「だって、その…。勝手にオルゴールさわっちゃったし…。おじいちゃんの怒ってる…でしょ?」


「怒る?ハッハッハッ。怒るわけないだろう。これもアヤちゃんたちの成長なんだから」


「でも、おじいちゃんの言いつけも守らず、長い時間オルゴールの世界に行ってたんだよ?」


「ふぅむ。それはよくないな。でも、キミたちは無事に帰ってきた。それにキミたちの顔を見るに、きっとステキな旅だったんだろう。だから、怒らないさ。…さっ、奥でお菓子を食べながら、キミたちの冒険譚を聞かせておくれ」


 おじいちゃんがニタッと子供っぽく笑うと、店の奥のトビラを大きく開き、希愛たちに手招きをする。


 希愛と絢音は小走りで、おじいさんの元へ駆けより、おじいさんの家に入りこむ。


 オルゴールショップへ続くドアが閉まる直前、希愛はお店に並んだオルゴールの山を見た。


 このオルゴールすべてそれぞれに世界がつめこまれてるんだ。


 そう思うと胸の奥がうずく。全てのオルゴールにふれてみたくて、ソワソワする。


 プリンセスノアも、探検家ノアも、勇者ノアも。全部全部楽しかった。楽しい楽しい世界だった。これで、今回の希愛の冒険はもうおしまい。

 だけど、希愛は不思議と寂しくなかった。


 この冒険は始まりのような気がして。想像力をよく働かせて、次の世界を信じていれば、きっといつかまた、ステキな冒険ができるような気がして。


 バタリとオルゴールショップへのドアが閉まる。


 またいつか絢音と冒険ができる日に胸をおどらせながら、希愛は重たいドアにに背を向けた。


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オルゴールとファンタジア 佐倉 るる @rurusakura

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