第9話 VS.ドラゴン(2)



「あーぁ。長い話は終わったか?我はエネルギーチャージ終了だ。さぁ、戦うか、諦めるか。今、決めろ」


「あたしたち(私たち)は戦う」


 声が重なる。仲間がいるってこんなにも心強いんだ。


「ハッハッハッ。愚か者め。地獄で後悔するが良い」


 ニヤリと口を曲げるドラゴンを前に、希愛のあ絢音あやねは一歩踏み出した。


「おうちに、帰ろう、希愛ちゃん。ここは私たちの世界じゃない」


「なんだかもったいない気もするけどね」


「また来ればいいんだよ」


「来れるかな」


「来れるよ。私たち二人ならどこでもいける」


「うん。そうだね」


「さぁ、戦おう。『天才美少女勇者ノアと賢者』の力を見せてやれ!」


 絢音はこぶしを突き出した。希愛もそれに応え、こぶし同士を合わせる。


 いつも絢音ちゃんには助けてもらってばかりだ。


 でも、信じてくれる人がいる。信じられる仲間がいる。それだけで、心が強くなる。自分のことを信じようって力がわいてくる。


 希愛は長剣を両手でかまえた。


 剣は相変わらず重くて、剣を支える手が震える。


 でも、大丈夫。あたしはこの剣を使える。


 信じよう、あたしの力を。


 信じよう、あたしのことを信じてくれている絢音ちゃんを。


 ちゃんと、信じよう。


 真っ直ぐにドラゴンを見つめる。ドラゴンは大きく息を吸い込んだ。火が、炎が、ドラゴンの大きな口から吐かれようとしている。


 足が、せなかが、お腹が、全身が、ガタガタ震えだした。


 こわいんだ。自分のことを信じてたって、やっぱり、こわい。本当は逃げ出したい。


 でも、逃げない。あたしは戦うの。あたしの強い想像の力で。あたしの強い信念で。


 そのときだった。キラキラと長剣がひかりだす。黄金の光が剣から放たれ、あたりを包みこんだ。


「わぁ…。キレイ…」


 絢音のおどろいたような関心したような声が聞こえる。


 本当にキレイ…。


 希愛が光に見とれていると、長剣がひゅるひゅるひゅるっと短くなりはじめた。なにもしていないのに、勝手に、だ。


 ―――ボクを使って。


 脳内に少年のような声がひびく。信じられない光景だった。希愛に向かって剣が語りかけてきたのだ。


 長剣から短剣になった剣が手に馴染んでくる。さっきまであんなに重くて希愛が使うことを拒否しているみたいだったのに、今や体の一部見たいだ。


 希愛は矛先をドラゴンに向ける。


 あたりを包んでいた光は消え、真っ正面にいるドラゴンと向かい合う。


 ドラゴンの口から火が放たれた。それを希愛は短剣ではじき飛ばす。


「すごい!すごいよ、希愛ちゃん!本物の伝説の勇者みたい!」


 後ろで絢音が歓声をあげる。希愛はその声を背に、一歩前へふみこんだ。


「ふっ、まぐれだろう。勇者の剣だ。当たればはじくさ。だがな、そんなまぐれがいつまでも続くと思うなよ!」


 また、ドラゴンが炎を吐き出す。希愛はもう一度その火を跳ね返すと、ドラゴンの前まで一直線に走る。


 ―――さぁ、走って!ドラゴンに少しでも近づくんだ!


 剣が希愛に語りかけ、希愛はそれに応える。


 ―――また炎が来るよ!右にはじいて!

 ―――今度は絢音を狙ってる。左に踏み込んで、絢音を守って!

 ―――いい感じだ!さぁ、そろそろトドメの一撃をあたえるよ!


 体が軽やかに動く。ジャンプして、ステップして、そして、剣で炎をはじく。


 すごい。すごい。すごい!あたしの体じゃないみたい!


 命がけの戦いなのに、楽しい。剣と心を通わすのって、体が自由に動くのって、こんなにも楽しい。


 だけど、楽しいばかりじゃダメなことを希愛はわかっていた。


 ドラゴンを倒して、あたしと、絢音と、このオルゴールの世界と、オルゴールを守るんだ。

 希愛は大きく深呼吸をすると、ドラゴンの前へと立ちはだかる。


「まぐれじゃなかったようだな。だが、この攻撃ははじけまい」


 ドラゴンがこの世界のすべての空気を口に入れるいきおいで、空気を吸い込み始めた。

 肌で感じる。これはヤバいやつだ。


 ―――でかい攻撃がくる。攻撃の前に、ドラゴンの目の前まで出るんだ。そこまで出たら、ボクをドラゴンの心臓めがけて突き出して。


「わかった!」


 希愛は剣の語りかける声に大きくうなずくと、体を前に乗りだす。


 こわい。タイミングがずれたら、火が直接あたしにあたるってことだ。ヤケドだけじゃすまないかもしれない。だから、こわい。


 でも、あたしは大丈夫。だって、あたしはあたし自身を、そして、絢音ちゃんを信じてるから。だから、戦う。


 希愛はぎゅっと剣を握りしめる。


 ―――さぁ、行こう!


 希愛は地面をありったけの力でけり、ドラゴンに狙いをさだめて飛び出した。空気をきりさき、前へ進む。そして、ドラゴンが大きく口を開けたタイミングで、剣を思いっきり心臓に突き刺した。


「いっけええええええええ!」

「グオオオオオオオオオッ」


 ドラゴンと希愛の声がぶつかり合う。


 次の瞬間。とつぜん、あたりに静寂がおとずれた。空気の音も、生き物の声も、ドラゴンの叫び声も、希愛の声も、なにも聞こえない。音がなにもない。静かな静かな世界だった。


 しかし、静かな世界は一瞬で崩れ去った。ドラゴンの激しい吠えたける声が静寂をつきやぶる。ドラゴンが火を吐く前に、希愛の剣がドラゴンの心臓に届いたのだ。


 剣を刺したドラゴンの体から、キラキラと光の粒が現れる。


 キラキラ。キラキラ。キラキラ。


 ドラゴンが細かな光の粒となって、空へと舞い上がっているのだ。


「クソ、クソォォオオオオ!」


 ドラゴンが雄叫びをあげる。


「また…。また、我は封印されるのかァァァァア!」


 ドラゴンの叫びも虚しく、光の粒はドラゴンの胸、手、足、そして、体へと広がり、ドラゴンは完全に消え去ってしまった。


 希愛はその様子をぼうぜんと見守る。ドラゴンを倒したという実感がわかない。


「やった、やったよ!」


「うわっ!」


 興奮した絢音に背後から抱きつかれて、希愛の意識は現実へと引き戻された。


「あたし、ドラゴンをやっつけたの…?」


「そうだよ!あの希愛ちゃんの身のこなし…、本物の勇者みたいだったよ!」


「本当?本当に…?」


「うん!」


 絢音のとびっきり明るい声に、本当にドラゴンをやっつけたのだとやっと納得することができた。希愛は振り向いて、絢音を抱きしめ返す。手から離された剣がカランと落ちた音がした。


「倒したんだ!あたしたち、あのドラゴンを倒せたんだ!」


 希愛と絢音は固く抱き合い、喜びを分かち合う。一通り喜んだ後、希愛は剣を拾い、鞘へと戻した。


 剣さん、力を貸してくれて、ありがとう。


 鞘に手を置きながら、心の中でお礼を言う。


 貴方がいてくれたから、この勝負、勝てたんだよ。


 ―――どういたしまして。


 そんな声が聞こえた気がした。


「あっ!希愛ちゃん、見て!」


 絢音が晴れ渡った青い空を指差す。その方向を見ると、お城の形をしたオルゴールが美しいメロディーを奏で、ひらひらと天から舞い降りてきているところだった。


「…ねぇ、なんとなく、なんだけどさ、コレを触ったら元の世界にもどっちゃうような気がするんだよね」


「うん、私もそんな気がする。…私たちの住む世界へもどろう、希愛ちゃん」


 希愛はこくりとうなずいた。


 この世界に未練がないと言えばウソになる。まだまだ冒険し足りないし、じいやにさよならを言えてない上に、ウサギにドラゴンを倒したことを伝えられてもいない。最後にこの世界のみんなにお礼をしたかった。


 でも、きっと、そんな時間はない。カンのようなものだけれど、今、現実世界に帰らないといけない気がするのだ。


「ありがとう、ステキな世界」


 希愛は小さく、小さくつぶやいた。


 希愛と絢音は手をつなぐ。二人で手をつなぎ、ゆっくりと落ちてくるきらめくオルゴールに触れた。


 耳に流れこむ美しいメロディとイマジネーション。希愛はそっとまぶたをとじた。


 暗闇に浮かんできたのは、楽しいなんてことない日常だった。いつもの通学路と、仲のいい友達。ママの作った美味しい料理と、パパが連れてってくれた遊園地。そして、絢音のおじいちゃん家までのワクワクする道とステキなオルゴールショップ。


 いつもの風景。いつもの毎日。それが輝いてまぶたの裏に映り込む。


 不意に、絢音が合図と言わんばかりに、希愛の手をぎゅっと強めににぎった。


 希愛は目を開ける。


 目の前に飛び込んできたのは、アンティークなものがたくさん置かれている、ステキなオルゴールショップだった。


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