第19話 強化種
「はぁ……。死ぬかと思った……」
俺はブラッドラビットの集団を撃破して、地面に座り込んだ。息を切らしていると、古椎が川の水を入れたコップを俺に差し出してくれた。
「余裕でしたね」
「どこがだよ。結構ギリギリの戦いだっただろ」
「苦戦するようなら、先輩抱えて逃げてましたよ。私のユニースキル【逆境】も反応していませんでしたし、大丈夫だと判断しました」
そう言えばそうだ。コイツのユニークスキルは自身と味方のピンチの度合いに応じて、ステータスが上昇するもの。
それが、少しも反応しないとなれば、システム的にさっきの俺が置かれた状況はピンチではなかったということになる。
『経験値480ポイントを獲得しました。経験値はパーティメンバーのユイナ・コシイと、半分ずつの240ポイントが付与されます』
「おお! かなりの経験値が手に入りましたね」
「そういえば古椎。さっきの戦闘が初の経験値獲得か?」
「そうですよ。私は白魔術師なんで、今まで白魔法の練習しかしてませんでしたし」
そういって喜ぶ古椎。
「この調子で、じゃんじゃん戦っちゃいましょう。王国の追手も追い払えるくらいに強くならなくちゃいけませんからね」
「……戦うの、俺なんだけどな」
「サポートはしてあげますから。頼りにしてますよ、せ・ん・ぱ・い」
「おえー」
「ぎゃああ! 可愛い後輩の色仕掛けですよ!? なに吐き気催してるんですか!?」
それから、俺たちはレベリングを行った。この森には多くのブラッドラビットのほか、多くの雑魚モンスターがいて、安全に経験値を獲得できた。
たまに強いモンスターも出てくるが、その時は俺の鑑定魔法でレベルとステータスをチェックできる。また、視界の外からの襲撃にも、古椎のユニークスキル【逆境】がピンチに反応するため、事前に迎撃態勢を取ることができた。
こうして俺たちは戦う相手を選びながら、順調に戦闘をこなしていった。
「かなりの経験値を獲得できたな。そろそろレベルアップだ」
「レベルアップ。どういった感じなんでしょうか」
2人とも体力は満タンだが、古椎の残りMPが20と、あとわずかしかない。せいぜい、必要MP10のヒールか、必要MP15のラピッドのどちらか一回分しか残っていない。
俺も戦闘に慣れてきて、被弾も減り、古椎の白魔法に頼ることも少なくなっていった。お陰で、終盤はほとんど自分の力だけでモンスターを倒せるようになってきた。
古椎のMPが枯渇しても大丈夫だろう。
「もうそろそろ疲れてきたし、街に出ようか。そして、宿屋に泊まろう」
「宿屋ですか? けど私、お金持っていないですよ?」
「実は、少しだけ持ってる。城からネコババしてきたやつだ」
俺はそう言って、巾着の中に入った硬貨を見せる。古椎はそれを見て、俺を軽蔑した表情で見おろした。
「……窃盗じゃないですか。最低ですよ、先輩」
「必要経費だ。実際、これのおかげで助かるかもしれないだろ。この世界の通貨の価値はわからないが、二人で宿に泊まれるくらいの金額であることを祈ろう」
ガササ!
背後の草陰で物音がした。俺たちはその方向を咄嗟に振り向く。
どうせまた、ブラッドラビッドだろう。満月のせいか、今日はブラッドラビットが本当によく出てくるのだ。
俺はゆっくりと剣を構えようとするが、その俺の手を古椎の手が抑えた。
「どうした古椎」
「先輩……!!」
古椎の顔を見上げると、彼女の顔は恐怖に歪んでいた。
「私のユニークスキルが、めっちゃ反応してます」
俺は慌てて古椎のステータスを確認する。
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ユイナ・コシイ
Lv1 クラス 白魔術師
HP 250/250
MP 20/230
物攻 18 (9×2.0)
物防 24 (12×2.0)
魔攻 46 (23×2.0)
魔防 64 (32×2.0)
敏捷 60 (30×2.0)
ユニークスキル【逆境】
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【逆境】が発動している。しかも、ゼリア王国の最高戦力、クワールと対峙した時と同じ、ステータス上昇の倍率が2倍。Lv42のクワールに匹敵するほどの強いモンスターがいる……!
その時、背後から凶悪な気配がした。今まで大量の戦闘を行ってきた恩恵だろうか。ステータスに反映されない部分で、俺は危険予知ができるようになっていた。
その気配は、古椎を目掛けて進んできている。
「危ない!!」
「きゃああ!!」
己の直感を信じて、古椎を抱きかかえてて横に逃げる。
次の瞬間、先ほどまで古椎が居た空間に、激しい衝撃が来た。
【逆境】でステータスが上昇していた古椎は、女子高生の身体とは思えないほど重かったが、なんとか未知の存在から攻撃を回避することができた。
しかし、その近くにいた俺の腕に攻撃の余波が届き、負傷してしまった。
「いった……! 古椎、大丈夫か!?」
「私は大丈夫ですが、先輩は!?」
「まぁ、少し怪我を」
「ヒール!」
「ありがとう」
俺は古椎の無事を確認して自分の体勢を立て直し、攻撃があった方向を見る。
そこには顔面が狼で、下半身が筋肉質な人間の体調、3メートルほどの巨大なモンスターが立っていた。明らかに今までの雑魚モンスターとは威容が異なる。
「鑑定魔法!」
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ルーガルー 強化種
Lv23
HP 810/810
MP 600/600
物攻 88
物防 75
魔攻 66
魔防 74
敏捷 75
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「……強化種!? しかもLv23だと……!?」
敵のステータスを見て、驚愕する。クワールほどではないにしても、かなりの高ステータスだ。
クワールは人間であり、話が通じる相手だったのに対し、こちらは野生の敵性モンスター。もちろん、手加減なんてしてくれるわけがない。
今の俺たちが絶対に適わない相手。つまり、俺たちが取れる行動は一つしかない。
「逃げるぞ、古椎!!」
「はい!!」
俺の声に反応した古椎は、俺を抱えて走り出す。
「グワアアアアアアアアアア!!」
古椎の背後で、ルーガルーの雄たけびが聞こえる。
狼人間だから、満月に反応しているのだろうか。もしかしたら、強化種というのは満月で能力が強化されているのかもしれない。
しかし、ルーガルーの敏捷は75 だった。先ほど王国城から逃亡した時、敏捷85 のクワールから逃げおおせた。
しかし、ルーガルーの雄たけびの発生源がだんだん近づいている。古椎の方が早いはずなのに、どうしてだ。
「古椎、ラピッドはどうした!?」
「それが、もうMPがなくて使えないんです!!」
そうか、先ほど俺にヒールを使ってしまった影響で、古椎の残りMPは10 しかない。つまり必要MPが15 であるラピッドがもう使えないのだ。
今の古椎は敏捷60 でルーガルーから逃げていることになる。しかし、前述のとおり、ルーガルーの敏捷は75。となれば、このままだと俺たちは追いつかれる。
「グワアアアアアアアアアアア!」
気づけばルーガルーは古椎のすぐ後ろまで来ていた。
弱いと思われていたユニークスキルで、後輩ヒロインを最強に仕立て上げます harumageddon @harumageddon
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