第六話 無言で無表情の嬉しい報告

 ✣*✣*✣



 はぐれてから二時間程経過。その間ずっと外で探し回っていたイングリス夫妻だが、一旦ホテルに戻ろうということになって帰ってきた。

(あ、戻ってきた。意外と遅かったわね。ずっと探してたのかしら? う〜ん。悪いことをしてしまったわ)

「ねぇ……あなた……。やっぱり私もう一度探してくるわ」

「いや、まず戻ってきてるか聞いてみよう。あの子は賢いからもしかしたら戻ってきてるかもしれないだろう?」

「で、でも、もしいなかったら? まだ迷子になってるかもしれないのよ……? こんな人混みで! あの子がどんなに頭が良くたってまだ小さい子供なのよ!?」

(わたしが十一才で他の子よりも一回り以上小さいのは単純に小柄なだけだと思うわ。それか発育不良)

「落ち着きなさい。私だってわかってるさ。でも、慌てたって仕方ないだろう……。大丈夫。あの子なら危ないところに近寄らないし、危ない人にも近づかないよ。大丈夫」

「そんなことわからないじゃない!? もしあの子になにかあったら……私…………私……っ」

「ローラ……」

(あんなに騒いで……。恥ずかしいわ。これじゃあ近づくのもちょっと……躊躇っちゃう)

「はい。これがお部屋の鍵です。ごゆっくりなさってください。――あ、イングリスさん! お嬢さんが待ってますよ!」

(あら名前の知らない受付さん。ありがとう。とっても助かるわ。食べるのはやめてあげるわね。フフフ。なんてね)

 気付いた受付が……いや、これだけ騒げば気づかない方がおかしいというか。気づいていたけれどお客の相手をしていて行けなかっただけだけれど。とにもかくにも助け舟が飛んできてキャサリンとしては僥倖ぎょうこう

「え、あ……キャシー!」

「キャサリン!」

 本に集中してるフリをやめて、パタリと本を閉じる。

(合流するまで時間かかったけれど。でも丁度良かったわね。も終わったし。たぶんさっきよりもマシになったんじゃないかしら?)

「おかえりなさい。パパ。ママ。遅かったね」

「もう! 心配したんだか――あなたどうしたのその格好!? こんなにボロボロで……。だ、大丈夫? 怪我は? どこか悪いところない?」

「……大丈夫よ。あれだけ揉みくちゃにされたのだもの。わたしは小さいし、流されるままだったから余計にこうなりやすかったのよ。たぶんだけど」

「本当? 本当に痛いところはない?」

「ないわ。でもごめんなさい。服は見えてる以上にひどいことになってるの。特にお腹のところは誰かに引っかかっちゃったみたいで……」

「良いのよそんなの……。キャシーが無事ならそれで……」

「そうだぞ。キャサリン。服なんてまた買えば良い。そうだ、折角だから明日は服を買いに行こう。なんならこのあとの夕食の時でもどこか覗いても良い。今度ははぐれないように手を繋いで、ね」

「ありがとう。パパ、ママ。二人も無事で良かったわ」

 言葉はわからないけれど、親子の抱擁を周りにいる客や受付の男も微笑ましく眺めている。

 でも、キャサリンとしては。

(カテリィン。大丈夫? あなたの方は苦しくない?)


 ――トクン


(あらそうなの? なら良かった。でも今度は羨ましくなってくるわ。息苦しいし暑苦しいんだもの)


 ――…………


 周りの反応とキャサリンの言葉の差異の所為でなんと反応して良いやら。

 キャサリンと繋がり、キャサリンとそれ以外の人間を比べる度に、キャサリンの異常性が目に見えてくる。

 この短時間でも隠しきれない人間という動物の一個体としての不具合過多。

 でもこの異常が心地良い。

 異常なら異常な程心地よくなると言っても良い。

 だって、客観的に見て、カテリィンは世界にとっての少数派。異常なのだから。



 ✣*✣*✣



「さぁ二人共。今度ははぐれないようにね」

「そうね。しっかり握っていましょう」

「フフ。パパ、ママ。握りすぎよ。痛いわ」

 夕食時になり、町へくり出すイングリス一家。

 開発途上という立地の関係上、都市部にあるような高級レストランは存在しない。あるのは屋台や大衆食堂がほとんどであるが……。

 はてさて、イングリス一家はどこで食事をとるのやら。

 そしてなにより、カテリィンはどうするのやら。

(カテリィンはどうする? お腹空いてな〜い? 人間……は無理だけど、他に食べれる物はある? あるならどうにか考えるけど)


 ――トクン


(人間以外なら無理とはまだわからないわ。パンとかちょっとした物なら目を盗んでスカートの中に入れるくらいできるわよ)


 ――トクン


(そう。空腹感はあるのね。じゃあどれくらい持つか測りましょう。限界が来たらまた教えてちょうだいね?)


 ――トクン


(うん。じゃあお先にいただくわね。……いえ、さっきのことを考えるとカテリィンが先にいただいてることになるのかしら?)


 ――……トクン


(フフ。そうね。どっちでも良いわね)

「……フフ」

「キャシー、なんだかご機嫌?」

「わかる?」

「そりゃあわかるさ。多少トラブルはあったが……旅行、楽しいかい?」

「うん。とっても良い思い出よ」

「キャシー……」

「そっか。それは良かったね」

「えぇ」

 だって、キャサリンにとって今日は新しいお友達ができた記念日なのだから。

 この昂りは明日を迎えれば治まるだろうか。



 ✣*✣*✣



 ――パチッ


「…………」

 深夜。時間にして午前四時。

 この時期のジェルマンニールではまだ日の出まで四時間はある。

 何故こんな時間にキャサリンが起きたのかというと。

(やっぱりお腹空いた? 我慢できない? 昨日のじゃ足りなかったかしら?)


 ――トクン


(そう……。元々スゴくお腹を空かせてたみたいだものね。それに浮浪者のおじさんではお肉があまりついてなかったかしら? それでも多い……いえ、ダメね。人間基準で考えちゃ。きっとカテリィンはたくさん食べる動物なのよ。そもそもお腹がどこかもわからないし。なんならお腹に住み着いてるくらいだし)

 ムクリと体を起こしてまずは両親の様子を見る。

「すぅ……すぅ……」

「くぅほぉ……くふぅ……」

「…………」

(二人共ぐっすりね。私が寝ている間にワインも飲んでいたようだし、しばらくは起きてこないはず。と、信じたい)

 完全に寝入ってるのを確認すると、寝間着から普段着へ着替える。朝方は肌寒いので外套を羽織って部屋の外へ。

 廊下にはランプの灯りもあるので歩くには困らないが、それでもまだまだ暗い。

(気をつけないとね)

 ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。キャサリンは一歩一歩確実に、すり足で進んでいく。

「ふぅ……」

 やがて階段につくと、軽く一息。

(フフ。なんだか悪いことをしてるみたいでドキドキするわ。いえ、むしろ悪いことはこれからしに行くのだけれど)

 なにを企んでいるのかはまだわからないが、キャサリンは誰に見つかることもなく一階に辿り着く。そして扉の確認へ。


 ――カチャ……カチャチャ……


(もちろん鍵はかかってるわよね。じゃあ……)

 キョロキョロと周りを見回して出口を探す。さて、良さげな場所は。

(やっぱり窓かしらね。ただ……)

 内側に鍵はあるものの錠がついてるわけでもなく、指ひとつで外せるような簡素なモノ。ただ、キャサリンの身長だと届かないし、椅子などを用いろうとすれば音で気づかれるのは必至。

(どうしようかしら? 鍵を開けられても、よじ登ったら軋みそうだし。裏で寝てる人にも気づかれちゃうわよね)

 

 ――トクン


(……? どうしたの?)

 悩んでいるキャサリンに、カテリィンからの助け舟。どうやら解決策アテがあるようだ。


 ――トクン


(なるほど、アレの応用ね。でもそうよね、人間ひとり分くらい広がるならできても不思議ではないわよね。フフ。お願いするわ)


 ――トクン


 キャサリンの足の付け根からももひざ脹脛ふくらはぎくるぶし、そしてかかとから床へ。

(なんの感覚もないけれど、カテリィンは出てきてるみたい。フフ、暗闇で見づらくて残念)

 スカートから出てくる影より黒い影。ほんのりと暗闇の中を動く影。そこに立体感はなく。とても平面的。

 影は床から壁を上り、窓の鍵部分を包み込む。


 ――…………


 無音のままスルリと離れると、既に鍵は開けられていた。

(……音、しないのね。触れられてる感覚もなかったりするし……そういったモノを消せるのかしら? 質量、振動、物理……などなど。それとももっと汎用的はんようてきなのかしら?)

 頬に手を添えて首を傾げるキャサリンを他所よそに、カテリィンは窓を包み込んでいる。一瞬の間を置いて離れる頃には完全に開け放たれていて、冷たい風がキャサリンの髪をなびかせる。

「ぅぅ……」

(やっぱり冷えるわね。羽織ってきて良かったわ)

 寒さに軽く震えながらも窓際へ行き、折角できた出口へ手をかけたところで。


 ――トクン


(カテリィン?)

 カテリィンから待ったのひと鼓動。まだ何かあるようだ。

(どうしたの?)

 鼓動へんとうはせず、カテリィンは再び影となって窓の方へ。

 足元から窓の出口の周辺を覆って、おどろおどろしい雰囲気に。

「…………」

 キャサリンは窓へ近づき、黒い部分に触れてみる。

(不思議。全然触ってる感覚が無いわ。でもこれ以上進めない。本当に……不思議)

 触り心地は不思議がりつつも、何故こんなことをしたのか……に対しての疑問は彼女にはない。

「よいしょ……。んっ。ん〜……! ……あ、ありがと」

 手をかけ、上ろうとすると中々上手くいかなかったのでカテリィンが足元から押し上げてくれる。

 外であまり遊ばず、家でも特に重たい物を持つ機会のないキャサリンの腕の力では、自分の体は持ち上げられないらしい。

「……ほっ。よいしょ…………ありがと」

 降りる時もモタつきそうだったので、カテリィンが補助。これにて外への脱出、成功。

「じゃあ戸締まりもお願いね」


 ――トクン


 窓全体を一瞬で覆い、これまた一瞬で離れると、窓はキャサリンが来る前の状態まで戻っていた。もちろん鍵も。

「じゃあ、探しに行きましょうか」


 ――トクン


 カテリィンが体の中に戻ったのを確認すると、キャサリンは早朝の暗闇の中へ消える。

 彼女は一体、何を探しに出かけたのだろうか?

 なんにせよ、ろくなモノではないことだろう。

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Catherine Catherine ~キャサリンとカテリィン~ 黒井泳鳥 @kuroirotten

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