異頭物語

第1話 それぞれの出会い

「やぁ……」

 かすかに人の声が聞こえる。誰に話しかけているんだ?荒くれたごみのたまり場にのさばる私に話しかけるわけはないし…。こんな裏路地で会話を交わす人がいるなんて、うらやましいな。

「なぁ、大丈夫か?」

 心配してるんか…さぞ優しい人なんだろうな。

「優しいかなぁ。まぁそこの嬢ちゃんのことが心配している部分だけを見れば、優しいか。」

 は、なんだその言葉。部分だけって…うん?

「私声に出ていたのか?!」

「出てたね。うらやましいなあたりからぼそぼそと。」

 まさか思ったことが口に出ていると思わなかった。そして私に話しかけているとも思わなかった。こんな薄汚れ暗がりの、ゴミ捨て場に横たわる私に。産まれから疎まれ、人に騙され、そして捨てられた。まぁ捨てられて当然のことをしていたからだが。そんな私に話しかける人がいようとは、到底思いもしなかった。いろいろなことを考えるうちに、自覚していなかった痛みが、「お前のしたことは生きる価値もないほどだ」と言わんばかりに近づいてくる。

「すまん、如何せん私の周りをうろつく痛みが酷いもんでろくに話出来ないかもしれん。ただこんなやつと話すのも時間の無駄だから…そのうちよく分からんゴロツキに目をつけられるぞ。早くこの裏路地から出た方がいい。」

 全部本当だ。ただ静かに痛みに追いつかれて死にたいだけ。ここまで来て人前で変に死ぬというのも、それだけはしたくない。

「え、なにぃ、死にそうなの?じゃあうちおいでよ治してあげる。オレ、そこら辺のよく分からん正義ぶってる医者よりも腕は良いよ。それとも君は"人"でいたくないだけ?…あら、こら気ィ失ってるわ。」

 久しく会ってない陽気な人間だな、と思いつつ視界が黒くぼやける。そこから先の記憶は申し訳ないほどに飛び飛びだ。もし私がブログを書いていたら発狂していたろう。まぁそれを書く脳みそも手段も持っていないが。段々と感じる痛みも「お前は無様に生き続けていくしかないんだよ。感じろ。死ねない感覚を。簡単に死なせてたまるか。」と言い換えた気がした。


────────────────────


 パタパタと走り回る音で目が覚める。

「目が覚めたらそこは知らない天井だった……なんて言いたくなるなこれは。」

 まさにその通りで、目が覚めるとその先には全くもって知らないコンクリートの天井があった。あ、あそこにボールが挟まってる、誰かが投げたのかな。なんて馬鹿げたことを考えながら痛みと共に周りを見渡す。

 所謂医療室のような一室で、簡素な作りだった。痛みはあるものの、傍について離れなかったアイツは消えていたので「死に損ないか」と呟く。あまり身体を動かすことは出来なさそうなので、ジッ…っと眺めるぐらいしかやることが無い。それを続けているうちに、おそらく私を起こした原因が、開きっぱのドアの前を何度も通り過ぎた。なんだあの小さな医療箱の頭の子は。10歳前後か?そんなことを考えていると、5回ほど前を通った辺りで医療箱の子は私が起きたことに気がつく。

「すいません!すいません!起きられてたんですね!良かった、痛みは大丈夫そうですか?あ、痛み止め切れてる嘘でしょあの人、私頼んだのにィ…職務放棄もどうにかして欲しいなァ…すいません!多分今少し痛いですよね。すぐ痛み止めを刺しますのでもうちょっと、我慢してくださいね。如何せん人間サンを治すのは私も、あの人も久しぶりで……」

 んしょ、んしょ、と小さな腕と手で色々と出したり刺したりしている。

「ちょっとチクッとするかもです。許してくださいね。」

 おしゃべりな子だな、と思いつつ大丈夫だよ、と放つ。何時間経ったのか分からないが喉が想像以上に乾いていて思っていた声量の半分以下だった。

「あ、喉大丈夫ですか?お水ありますけど飲みます?」

 ありがとう、と言いながらペットボトルに刺さったストローを口にする。今なら池の水を全部一気に飲めそうな程に乾いていた事に、水を口にしてから気がつく。あっという間にペットボトルの水を飲み干し、先程よりかは潤った声でまたありがとう、と言った。

「飲めてよかったです。何本か枕のそばに置いておくので、無理じゃなければこまめに飲んでくださいね。本当に、本当にごめんなさいなんですけど、あの人が久しぶりに仕事を持ってきてバタバタしてるのでまた少し放置しちゃうかもです。でもまた痛み止めが切れるまで…なんてことはさせないので安心してくださいね。もし本当に辛かったら傍にある物を何個か落としてください。多分気が付きます。」

 本当に急いでいるんだろう、聞き取るのもギリギリな程に早口に喋り、同時に片付けも行っていた。

「あの人、って…」

「あ、貴女のことを連れてきたあの高身長の男です。ここの代表なんですよ。」

「代表…ここ…」

「そうだ、そこから説明を───」

 彼女がそう言いかけたところで聞き覚えのある声が叫んだ。恐らく彼女を呼んだのだろう。

「ごめんなさい、呼ばれちゃった。また絶対来るので、大丈夫ですからね。ちょっと行ってきます。」

 またパタパタと忙しそうな音を鳴らしながら部屋を出ていく。なんですか、どうしたんですか、と叫ぶ声が聞こえる。もはや子が子守りか?というレベルで。

 彼女のような医療箱の異形頭、まだ存在したんだな…年齢は若そうなのに…と考えながら、そばにあったペットボトルを取り、ストローから給水する。

 そう、この世界は「人間」「異形頭」「メカヘッド」という自我を持った三者で成り立っている。もしかしたらそれ以外の種族はいるかもしれないが、今のところ出てきていない。いや、発表されていない。1948年に「以前から問題視されていた異形頭・メカヘッドの待遇、責任問題、権利問題に対し情勢を踏まえ「権利宣言」を制定」という大きな動きが起こり、世界中で安堵・落胆・感嘆、さまざまな声が鳴り響いた。

 異形頭は本人の意思に関係なく成ってしまう。大雑把に言ってしまえば、人to異形、異形to人という2種類があり、しかも個体によっては個人を証明するものがない可能性も高く、奴隷や体罰、差別が横行していた。メカヘッドに関しても、人に移植するパターンもあれば、1から100までメカの者らもいる。

 時代の技術関係なく生まれてしまう異形頭は暗黙の了解で責任の所在は本人に付随していたが、近年の技術により生まれたメカヘッドたちは「意思」に関する責任の所在が不透明であった。それらを踏まえ、異形頭に関しては「自身を証明できるものがあれば更新の形を、なければ新しく登録を」という形が取られ、メカヘッドに関しては「数値化される感情・倫理観など複数の項目が一定以上の数値を満たしている場合は必ず登録を」という形が取られた。

 異形頭らは愛情・憎悪・嫉妬・執着・哀傷…様々な感情から生まれる。ゆえに数十年前までは緩やかな増加傾向であったが、インターネットの普及により人の感情にあふれかえり、色濃く出るようになる。ゆえに近年急激な増加傾向にある。

 したがって、彼女のような若い見た目で古びた薬箱、というのも珍しい。おばあちゃんの家にあった…とかだろうか。

 どうなんだろうなぁなんてぼへぼへ考えていると、扉から人影が差した。

「やぁやぁ元気かい?体調はどうよ。」

 あの男だった。殺してくれて構わなかったのに、とはあまりにも野暮すぎるので言わなかった。

「何とかお陰様で。さっきのお嬢ちゃんのおかげで痛みも少なくなってきたよ。」

「そうか、ならよかった。何か気になること、あるかい?」

 唐突に聞くんだなぁ。なんて思いながら、いや、あらかたは知ってんのかな、と思った。

「そうだな…まずはあんたのことを教えてくれよ。それとも私の紹介からがいいかい?」

「あっはっは、どっちでもいいよ。そうだな、きっとオレの話は長くなる。先に君の自己紹介をお願いしても、いいかな?」

 軽快に男は笑うと、そう言い放った。そうだな、私の話はそう語れるものもない。比較的早く終わるから効率的だろう。

「私の名前はカト。小さい兎と書いて小兎だ。上の名前はすまないが忘れた。この名前だって産まれから持つ名前かも怪しい。幼いころ家を追い出されてからはいろんなとこを転々としてる。盗みも詐欺もやった。ま、ろくでなしだよ。行く場所も帰る場所もない。そんな感じ。それ以下もそれ以上もないかな。」

 久しい。こんな風に自分を教えるのは。いつもは「そんなのいらない」という人がほとんど。外面しか必要な人しかいなかったからしょうがない。

「ふぅん。ありがとう。小兎、ね。じゃあまずは君がいるこの建物の所有に関して。この建物は我々の団体、「FREAKαS」が所有・管理してる。FREAKαSはいわば慈善団体、君やウィステル…医療箱の異形頭の子のように、行き場を失った子たちのたどり着く場所さ。主に軽い人事派遣の仕事を受け持って生計を立ててるよ。裏でもまた、戦闘やヨクナイ事の派遣もしてる。多くの資金はここからきてるかな。そんな団体を支える男がこのオレ、代表さ!ま、名前はすぐばらしても面白くないしね、今は教えてあげないよ。」

 なんなんだこの男は。意味わからん。まぁ良い、今は働かせることができる頭がどこかへ行ってしまったので何も言わずただうなずく。しかし、何か大事なことを見過ごしてる気がする、なんなんだろうか。しかも嫌な予感。

「さて、てことで…君を治療した代金だけど…」

 これだ。

「あー…あの身なりを知っていて、わかっていて言っていると思うが、いかんせん一銭もなくてな。」

「ああ、わかってるよ!さすがにそんなバカじゃぁない。代表を舐めないでほしいな。」

 ああ、よかった。さすがにそんな馬鹿じゃなかったか。しかしこんな怪しい男が、ただで返すわけ…

「さて、さっきも話したように、オレらの団体はいろんな人で構成される予定。今は発足して間もないから少ないけれどね。てことで、小兎。一つ提案がある。」

 ああ、またしても嫌な予感。やめてくれよ。

「FREAKαSに入らないかい?」

 …きた。嫌な予感が当たった。

「…ちなみに拒否権は。」

「もちろんあるよ!けど我々の建物内を知ってしまったっていうのと、さっきの話、裏家業のことまで知っちゃったってことは…」

「わかった。わかった!入る。入るよ。だから穏便に、お願いしたい。」

 はめられた!平和に、好きなように過ごしていたいだけだったのに。なぜ、こんなことに。

「それじゃあ小兎。これからよろしくね!」

 胡散臭い人間に、つかまってしまった──。

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異頭物語 @koto_memeshe

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