【ひとり掃除】米田大輔の場合

昨夜の自分が何を考えていたのかを考えた時、たぶん彼女に早く会いたいということしかなかったと思う。

しかも彼女の方から、俺の家に来たいと言ってくれた。

会いたいと思っているのが俺だけじゃないことに安心した。


最後にふたりで飯に行ってから2か月が経った。

何度も誘いたいと思っていたが、忙しそうな彼女を見ているととてもそんな気になれなかった。



ゴールデンウィーク前、経理の田中さんと帰る時間が一緒になり駅まで歩いたことがあった。


「最近飯島ちゃんと仲良いじゃん。つき合ってるの?」

「つき合ってはないです。」

「ふーん。その様子だと、次いつ誘うか迷ってるね。」

なんでわかるんだろう。俺、そんなにわかりやすいのかな。


「ゴールデンウィーク明け、短信発表後は少し余裕あるだろうし、そのタイミングで彼女を誘ってみたら?」

微笑みながらアドバイスをくれる田中さん。


「そうします。」

「頑張れよ〜。」



朝から風呂なんかを掃除している俺は相当浮かれていると思う。

飯島さんが来て、風呂を使うことを想像するなんて、俺は一体何を考えているんだ。

まるで初めて恋人が家に来る時のように落ち着きがない。

これじゃ姉にからかわれるのも無理はない。



その姉は、先日また家にやってきて米を届けてくれた。

また泊まっていくのかと思いきや、置いていた自分の服や化粧品なんかを全てまとめて持って帰っていった。


「他に女がいるなんて思われたらあんたも面倒でしょう。」


そう言って、飯だけ食ってさっさと帰っていった。


毎回押しかけては泊まっていく姉に帰れと強く言えなかったのは、旦那の航平さんと何やら揉めることが多かったように見えたからだった。

月いちで俺の家に泊まるほど喧嘩(ではないと思うけど)をしていた姉夫婦。

姉曰く「結婚するといろいろある」とのことで、でも内容は何となく聞くことができなかった。


その姉が最近は米や野菜を届けるだけ届けて帰っていくので、航平さんと上手くいっているのかもしれないと思った。

ゴールデンウィークもなんだかんだ二人で旅行に行ったという話もしていた。


旅行か…いいな。

飯島さんと行ったらどんな感じだろう。

気が早い妄想をしかけて思わず首を振る。


ていうか、田中さんといいうちの姉といい、周りの年上女子は勘の鋭い人ばかりだ。

男が鈍すぎるというのもあるだろうが、あの勘の鋭さは時々こわい。

もしかして飯島さんも、俺と一緒の時に俺でも気付かない何かを嗅ぎつけていたりするのだろうか。

やましいことなど何も無いけれど。



一番面倒な風呂掃除が片付けばあとはどうということはない。


ものが少ないリビングはコロコロするアレでゴミを取り、床に落ちていた服は畳んだり洗濯機に放り込んだりした。

トイレもいつも以上に丁寧に掃除した。


気が向いた時だけ掃除する俺と違って、飯島さんはこまめに掃除するんだろうな。



窓を開けて伸びをする。

冷蔵庫から作っておいた麦茶を取り出し、コップに入れてごくごくと飲んだ。


5月だというのに動くと汗をかくくらい暑い。

しかし空は曇っていて今にも泣き出しそうだ。


オムライスを食べて泣いていた飯島さん。

今ならたぶん無責任に抱きしめられるだろう。


うわ、何をするにも彼女のことを考えてる…。

思わず頭を抱えた。


中学生じゃあるまいし。

俺はもうすぐ29歳になるいい大人だ。

恋愛でだって、落ち着いていたい。


特に飯島さん相手には。


今まで散々見て話してわかっていること、彼女は落ち着いていてひとりの時間も好きだということ。

飯を一緒に食べる時、堪能している顔は可愛いけれど、その目は俺を見てない。


今までつき合った人で、ひとりで定食屋に行く女子はいなかった。

そもそもひとりでどこかへ行くこと自体なかなかしないような人ばかりだったと思う。

だからそういうことができる飯島さんを「かっこいい」と思い本人に伝えたことも本当の気持ちだった。

そういうことが好きだという彼女は自立している感じがして良い。


そういう人にぐいぐい近づいたらきっと無理させてしまう。

飯島さんは気遣いもできるから余計だろう。


ふう……よし。

掃除の続きだ。



最後の掃除はキッチン。

母親は「台所は常にきれいにしときなさい」とよく言っている。

それにならい、他の場所よりも掃除する回数はほんの少し多い。


白っぽい水垢をスポンジでこすって落とす。

排水口をブラシでこする。

ついでに食器のラックも洗っておくか。


一丁あがり。

と言っても、先週掃除したばかりだからすぐに綺麗になった。


銀色の流しは掃除すると水を綺麗に弾いてくれる。

ピカピカになった流しを見て満足し、スマホをタップした。


「お酒は足りなければ途中買って行くよ。」

「軽いものなら作るよ。」


スクロールしてゆっくりメッセージを見返す。

誰かのメッセージを見返すというのは学生の頃以来じゃないか?


俺はハッとなり、寝室のベッドの下から小さな箱を取り出した。

開封されて潰れかけているその箱にはが2〜3個入っている。

箱の側面には使用期限が書いてある…まだ使えるな。

これを使う場面が無いとも限らない。

そっと箱をベッドの下に戻した。


本当に、何を浮かれているんだか。


掃除中の自分の汗を吸ったシャツを洗濯機へ入れ、最近買ったシャツに着替えた。

待ち合わせ場所は以前ふたりで行った喫茶店。

少し早いが、もう向かってしまおう。




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