【ひとりホワイトデー・後編】(番外編)

一緒に外回りに行った後輩の堂柿くんがついて行くと言うので、2人で百貨店へと赴いた。

バレンタインイベント最終日前日ともなると、平日なんて関係なくどこもかしこも行列ができていた。


飯島さんが(おそらく)米田くんにもチョコを渡すのを知ってから、今日まで張り切って探していたチョコも何の意味もないような気がしてくる。

すっかり気力を失い、去年と同じチョコを買ってしまった。


「それ自分用ってやつッスか?」

堂柿くんが無邪気に聞いてくる。


「違うわよ、好きな人にあげるの。」

うっかり答えてしまい、ハアとため息をついた。


「なんでそんなつまんなそうなんです?」

「…たぶん一生叶わないからよ。」

「ふーん。じゃあ、僕なんかはどうッスか?」


足を止め、堂柿くんの方を見る。

堂柿くんはいつの間にか買っていたチョコレートを渡してきた。


「僕けっこう、本気ですけど。」

「いや、私好きな人いるし、無理だよ。」


真剣な視線に耐えられず、目を背けてしまった。


「まあまあそう言わず、フラれたら僕のことも考えてくださいよ。じゃ、お疲れーッス。」

チョコを押し付けるとそのまま帰ってしまった。

彼の、言葉も態度も軽すぎるところが少し苦手だ。

だからさっきの真剣な顔には、少しびっくりしたのに。



翌朝、飯島さんのいつもの出勤時間に合わせて更衣室へ行った。

何年か前、クリスマスにプレゼントしたマフラーを今も使ってくれてるのを見て、それだけで嬉しくなってしまうから私は単純だ。

昨日はあんなに落ち込んでいたくせに。


「去年と同じやつになっちゃった!ごめーん。」

「ううん、これ美味しかったから、すごく嬉しい。」

大事そうに紙袋を抱え、微笑む飯島さん。

昨日は米田くんに、どんな顔を見せていたの?


いけない、顔が歪んでしまいそう。

彼女に内緒で色違いのおそろいにしていたマフラーをロッカーから取り出し、外回りへと向かった。


「新菜さんって意外と顔によく出ますよね。」

生意気な後輩・堂柿くんが横を歩きながら呟く。

「何がよ。」

「何か嫌なことあったんじゃないスか?」

「私そんな顔してる?」

「してるしてる。仕事中は全然なのに。」

「気をつけなきゃ…。」

「まあそういうところも良いなと思いますけど。」

こいつ…昨日告白まがいみたいなことをしてからなんとなく積極的だな。

面倒だなとため息をつく。


「新菜さんの好きな人って、システムの米田さんですか?」

「はあ?なんでよ。」

「なんでって、イケメンだし。みんなお似合いだって言ってますよ。」


何年か前に何かの飲み会でもそんなことを言われて全力で拒否った気がする。

そのあと飯島さんの家に泊まってまた朝ごはんをごちそうになったんだろうな。


「あ、ちょっと笑った。やっぱりそうでしょ。」

「違うわよ。顔だけで好きになんないし。」

「じゃあどういう人がタイプなんスか?」

「穏やかで気遣い上手で、私が男なら奥さんにしたい人。」

「そんなひと知らないっスよ。」



知らなくていいよ。

この気持ちは、私以外、相手本人だって知らなくていい。

昔読んだ少女漫画を思い出した。

主人公カップルのそれぞれの親友が話す場面、男の方は主人公の男のことが好きで、でもそれを伝える気はないし主人公カップルを応援していた。

女の方は、その男の気持ちを「知っててあげる」と告げる。

そんな綺麗な物語にはならないから、私の気持ちはずっとしまっておく。

飯島さんのことを困らせたくないから。



でも、だからせめて、言葉以外のことで最後は伝えようと思った。

1ヶ月後のホワイトデー、何年かぶりにお昼ごはんの約束をした。


土日に必死に作ったクッキー。

何度も作り直して一番綺麗に焼けたものたちを集めて袋に入れたけど、どれも焦げ目が付いている。


毎年彼女が綺麗に焼くクッキーを思い出す。

素朴な見た目も、優しい味も、彼女そのものみたいな穏やかさに溢れているもので、毎年受け取るのが楽しみだった。

それが今年からは、私だけのものではなくなってしまった。


食堂で待ち合わせた飯島さんを見つけ席につく。

胸が少し早く鳴る。


「ごめん、今頑張ってダイエットしてるの知ってるんだけど、どうしても渡したくて…。」

「どうしたのこれ?手作りだ!」

驚きと喜びの声を小さく上げる彼女は、少しはしゃいでいるようで、可愛い。


「毎年手作りしてくれるお礼に。」

「そんな、いいのに…。」

「私が飯島さんにあげたかったの!大好きだからさー。」


こんなふうにしか気持ちを伝えられない自分が情けないけど、それでよかった。

自分で作ったものを相手にあげて喜んでる顔を見た時って、こんな気持ちになるんだね。

だから飯島さんはずっと毎年私にクッキーを作ってくれていたんだね。



「はいこれ、お返し。」

帰り道が一緒になった堂柿くんに下手くそなクッキーを渡す。

傘から出した手に冷たい雨が当たる。

堂柿くんは驚いたが、少し嬉しそうでもあった。


「えっフラれたんスか?」

「告白してない。」

「じゃあ僕と付き合ってくれます?」

「それもない。」


なんで、と言いかけた堂柿くんに顔を向ける。

「ごめん、今は無理なの。」


ざあっと雨が降り、立ち止まる私たちの時が止まったように感じた。

数秒彼と目を合わせ、言葉にできない気持ちをぶつけた。

今の私にはあなたの気持ちを受け取れる気はないということ。


それきり駅に着くまで彼は何も言わなかった。

さっき私、声震えてたかも。

私は顔にすぐ出るらしいからきっと堂柿くんもわかったよね。

生温かいものが頬を伝う。

春にはまだ早い時期の雨は私の目さえ湿らせる。



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