【ふたり初詣・後編】

ガチャリと家の鍵を閉め、彼女は振り返る。

「忘れ物ない?」

俺は2回も頷いた。

それを聞くってことは、今日はもうこの部屋に二人で帰ってくることはないのか。

くだらないことを考えている自分の頭を冷やすように、風が顔を打つ。



先ほどまで飯島さんの手料理を食べていた。

余ってしまったからよければ、と彼女からメッセージが届いていたのは早朝だった。

友人と年越しリモート飲み会をして明け方に寝て、10時に起きた俺はメッセージを見て飛び起きた。


だから豚汁は胃袋に染みるほどうまくて、おかわりまでしてしまった。

彼女の作ったものたちは自分が作るものとは全く違っていて、どれも優しい味がした。

特にいなり寿司は初めての味でうまかった。

酢飯にわさびのふりかけが混ぜられていて、こってり甘く炊いた揚げと一緒に食べると至福の味がした。



カーキのダウンを着て着膨れている飯島さん。

髪をバッサリ切っていて会った時は驚いたが、可愛いねとか言ったらセクハラだと思われそうで何もコメントできなかった。情けない。


隣に立ってみると意外と背が低い。

いや、女性の平均的な身長かもしれない。

俺の姉も、以前食事した美山さんも、どちらも背が高い方だし。


「ここです。」

飯島さんが立ち止まる。

石で出来た鳥居が前に立ちはだかった。


古くて小さい神社は、来る人みな地元の人、という感じだ。

午後3時を回っていたが人はそれなりにいた。

それでもお参りの列はほとんど並ぶこともなかった。


なんとなく二人で横並びになり小銭を賽銭箱へ入れ、二礼二拍手をまず行う。

賽銭箱へ小銭を入れるのは神様にその音で気づいてもらうためという説がある。

だからお札ではなく小銭を入れるのが良いとされる。

手を合わせ目をつむりながらそんなことを思い出していた。


社会人になると正月に祈ることなんて「今年も健康でありますように」くらいなもんだが、俺が目を開け最後の一礼をしたあとも飯島さんは熱心にお祈りしていた。


ハッとこちらを見て慌てて一礼し、彼女は少し離れたところで待つ俺の元へと駆け寄った。


「お待たせしました。」

「ずいぶん熱心に祈ってたね。」

「え、恥ずかしいな…。」

「そんなことないけど。」

「この歳になると、自分のことよりもまわりのことをお願いすること増えない?両親が健康でいますようにとか。」


そんなもんなのか。

同い年なのにしっかりしてるんだな。

いや、俺がしっかりしてないだけか…?


飯島さんは会社でもそれ以外のところでも、けっこう他の人のことばかり気遣ってるんじゃないか。

真面目というか損な役割というか。

でもそれが彼女のいいところで、実際それに助けられる人間も多いだろうと思う。



飯島さんがおみくじを引きたいと言うので列に並ぶ。

1つ前のカップルが二人でひとつのおみくじの箱を振りながら笑い合っていて、正月早々お熱いことだなと年寄りみたいな気持ちになった。

俺たちふたりも、まわりからはカップルと思われているのかもしれない。

…いや、列に並ぶ間も微妙に離れたこの距離がそうとは感じさせないだろう。


今度も一生懸命に祈りながらおみくじの箱を振る彼女。

ちょっと面白い。

俺も2、3回振って棒を出すと、7番だった。ラッキーセブンだ。


「どうだった?」

今度は先におみくじを広げて見ていた飯島さんがこちらへ振り向く。


「末吉。内容はまだ見てないけど。」

「そっか。私は吉だったよ。金運が良いみたいだからラッキー。」

「いいね。」

「でも末吉もいいやつだよ。『末に吉』だからね。最後に良いことがあるんだよきっと。」


末吉ってそんな意味があったのか。

いや、単なるランク付けで末の方だからだろうが、飯島さんが言ったように思っておけば、末吉も悪くない。

内容を見るとたしかにそこまで悪くないしな。

恋愛は「あなたから動けば吉」とのことだった。



石の鳥居を出ると、「駅まで送るね」と飯島さんが微笑んだ。

もう二人きりの時間は終わりへと近づいている。


駅までの道が倍になればいい。


それか、彼女の家でもう一度飯を食べたいと言えばいい。


でもただの同僚だから、特に何を言えるわけでもなく。

これが恋人同士なら泊まったりするんだろうが。


飯島さんの家で出された食器はペアのものはなく、あの家に住み着くような奴はいないことがわかり少し安心してしまった。

以前つき合っていた男の話を少し聞いたが、それ以外にも誰かとつき合ったことがあるんだろうか。

男に抱かれる飯島さんを想像しそうになり、心の中で自分に飛び蹴りを食らわせた。



行きと同じく、他愛ない話をしていたら駅に着いてしまった。

早すぎる。

次に会うのは仕事始めの5日だ。

名残惜しく、夕日で輝く彼女の髪を眺めた。


「これ、よかったら。」

別れを告げようとした俺に、飯島さんはリュックから取り出した小さめのトートバッグを渡してきた。


「昼と同じものになってしまうけど、いなり寿司と豚汁が入ってるの。美味しいって言ってもらえて嬉しかったから…。あ、でも、無理しないでね。」


胸がぎゅっとした。

白い息を吐く彼女から目を離せなかった。

触れたいのをぐっとこらえ、ひと呼吸した。


「ありがとう。」

「いえいえ。」


「…あのさ、また飯島さんの気が向いたら、二人でどっか行ったり食べたりしたい、です。」


顔が熱くなる。

渡されたトートバッグをぐっと掴んだ。


「うん、ぜひ。」


オムライスぶりの口説き文句を、彼女は笑顔で受け入れてくれた。


改札で別れたあと、振り返ると飯島さんが見送ってくれていた。

階段を昇り切る前にもう一度振り返り、彼女を目に焼き付けた。



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