【ふたり初詣・前編】

昼過ぎ、最寄り駅に米田こめださんはやってきた。

黒色のシームレスダウンにいつかのネックウォーマーを身に着けていた。


改札へ入っていく人を避けながら近づいてくる。

目の前に来る5歩前、私は第一声で躓かないよう咳払いをする。


「あけましておめでとうございます。」


お辞儀をし合ってから歩き出す。

私の家まで何を話そうか考えながら踵を鳴らす。


「飯島さんは実家帰らないんすか。」

米田さんが先に話しだした。


「うん。去年も帰ってないな。」

「そっか。」

「米田くんも毎年そうなの?」

「たまに帰ってるけど、今回は新幹線のチケット取れなくて。」

「そうなの。」

「でも飯どうしようって思ってたから、誘ってくれて助かります。」

「なんのなんの、うちのもので良ければ。」


早朝メッセージを送ってからそわそわしながら返事を待っていた。

今起きたと書き込まれたフキダシが10時頃に届いたのだった。


昨年やり残した仕事や数日後から始まる仕事の他愛ない話をしていたら、家に着いた。


「…どうぞ。狭いところですが。入って左が洗面所だからそこで手洗って。」

ドアを開け、先に入るよう促す。

「お邪魔します。」

男の人がこの家に入るのはこれが初めてだった。


家を出る前に換気のため開けておいた窓を閉め、ソファの毛布を寝室へ持って行った。

部屋からリビングへ顔を出し、洗面所から出てきた米田さんに座ってて、と言いながらソファを指さした。

米田さんは脱いだダウンをソファに掛け、ゆっくりと腰掛けた。


「すぐ準備するから待ってて。テレビもつけていいよ。」

「はい。」


米田さんが少し緊張しているのがわかって、こちらまで少しドギマギしてしまう。

世話焼きの母親のようにせかせか動いたり話したりしてしまう。

ふぅと息を吐いて、豚汁の鍋を火にかける。


テレビからは新春歌番組の音が聞こえてくる。

カーテンからは昼下がりの日差しが入り込み、柔らかい光が部屋に広がっていた。

コトコトと鳴る鍋に気を配りながら、皿に食べ物を並べていく。


「はい、お待たせしました。」


まずは米田さんの前にプレートと豚汁を置く。

次いで私の分も、テーブルの辺が短い方へ置く。

一人暮らし用のテーブルいっぱいにごはんが広げられているのはなんとなく賑やかな感じがして少し嬉しい。

お皿もお椀もペアではなく、種類がバラバラ。

独り身であることがあからさまにわかってしまうかしら。


「すごい、うまそう。」

米田さんはソファから降り、床にあぐらをかいた。


手まり寿司、余った酢飯を詰めたいなり寿司、黒豆と栗きんとん、そして筑前煮。

米田さんの皿には、少し多めに盛ってある。


「いただきます。」

私が手を合わせると、つられて米田さんも手を合わせたのがわかった。


米田さんが一番に食べたのは、筑前煮。

緊張して、味どう?と口に出しそうになってやめた。


「うまい。」


少し照れたようにはにかんだ顔は今まで見た彼の表情で一番好きだと思った。

うまいものを食べた時、こういう顔するんだ。


どれを食べる時も一口目のあとに必ずうまいと言ってくれたので、少し照れくさかった。

私と違っていなり寿司を1個ひと口で食べてしまう姿にドキッとした。

どれもこれも美味しそうに食べる米田さんをずっと見ていたかった。



「ごちそうさまでした。うまかったです。」

手を合わせながら米田さんは満足げに微笑む。

いつもほぼ無表情の彼がこんなふうに顔をゆるませるのは、食べ物の力だろうか。

そういえばオムライスを一緒に食べた時も、食後は満足げな顔をしていたっけ。


「俺、皿洗うよ。」

「いいよ、お客さんなんだしゆっくりしてて。」

「俺ん家では作る係と皿洗う係で分担してるんだ。」


分担…。

ということは、誰かと、一緒に家で食べることがあるということか。

彼女かな。

米田さんをじっと見つめた。


私の変な間を察したのか、米田さんは慌てて

「あ…、姉がたまに家に来るから。ていうか実家でもそういう分担で。」

と付け足した。


「お姉さんいるんだ、知らなかった。」

なんでもないように話を続けた。

「うん。東京に住んでて、たまに実家から届く野菜とか届けてくれる。」

「へえ。」


お皿を洗ってもらう横で、水切りラックに立てかけていた食器たちを片付けていく。

ちょっと失礼、と流しに身を乗り出し米田くんに左に寄ってもらって、やかんに水を入れる。

触れそうで触れない身体。

いつも通りにやかんを火にかけ、お気に入りのアメ色のマグカップと、100均で買った白いシンプルなマグカップを棚から取り出した。


「ほうじ茶平気?」

「うん、好き。」


好き、という言葉にぴくりと胸が動く。

でも私は大人なので、何も思ってないふりをすることだってできる。

簡単に恋が始まるのはなんだかまだ怖い。

何を言うでもなく、お茶パックに茶葉をざらざら入れた。


皿洗いを終えた米田さんに、淹れたてのお茶を渡す。

そのままキッチンでふたりでお茶をすすった。

温かい。足元まで温まっていくようだ。

黙って、しかしお互いの様子を伺いながらお茶を飲む。

まるで私たち以外の時が止まってしまったような、長く感じる時間だった。


「あの、」


米田さんが話しかけてきた。

じっとこちらを見て、しばらく何も言わなかった。

私も彼を見て、彼の言葉を待った。


「初詣ってもう行った?」

「まだ…」

「今から、行きませんか。」


恥ずかしそうに目をそらした米田さん。

私もまだ一緒にいたい気がした。


「行こう。近くに小さな神社があるから、そこなら人も少ないかも。」


早口気味に言って、カップに残るお茶を飲み干す。

温まりきった部屋にはお茶は少し熱かったかもしれない。





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