【ひとり年越し】
テレビをつけると紅白歌合戦がやっている。
リモコンのdボタンを押して歌順を見るともう半分以上の歌手やアイドルが歌い終わっていた。
チャンネルを替えると正月特番のお笑い番組がやっている。
何度かチャンネルを替え、テレビを消した。
年々テレビ番組に興味がなくなっていく。
子どもの頃純粋に見ていた番組たちは大人になってから見ると、画面には映らない大人たちの思惑が透けて見えてしまう。
芸能人にドッキリを仕掛ける番組なんて特に苦手だ。
一人暮らしを始めて間もない頃はテレビをつけていないと静かで落ち着かなかったが、今では朝に天気を確認したり、録画していた番組を見る時以外はあまりつけなくなった。
ソファから立ちキッチンへ。
大きい鍋に水を入れ火にかける。
小鍋にも水を入れ、顆粒だしをさらさら入れる。
冷蔵庫から青ネギを取り出し、まな板の上でトコトコと刻む。
大量の刻みネギを少量小皿に取り分け、残りはタッパーに入れて冷凍庫へ入れる。
沸いた湯に今日買ってきた蕎麦をばらりと入れる。
冷蔵庫の扉にくっつけているいちご型のタイマーを4分にセットしてスタート。
蕎麦が茹で上がるのを待っている間に、同じく今日買ってきたとっておきの海老天をトースターで温める。
小鍋も醤油を足してから火にかける。
キッチンは足元が少し冷える。
髪を切ってひらけた首もひんやりとした空気を感じている。
この感じが好きだから髪を短くするのはいつも冬だ。
先日風邪を引いたばかりだというのにね。
ひと煮立ちした小鍋の火を止めるとちょうどトースターもチンと軽い音を立てる。
ほどなくして4分のタイマーもピピピと鳴る。
蕎麦をざるにあげ、トビカンナ模様のどんぶりに移す。
その上から小鍋で沸かしたお出汁をゆっくりとかける。
最後に温めておいた海老天と取り分けておいたネギをのせ、年越し蕎麦の完成だ。
熱くなったどんぶりを両手で持ち、リビングのローテーブルへ運ぶ。
「いただきます。」
手を合わせ、まずは蕎麦の麺からすする。
いつも買って食べる乾麺とは違いつるつると食べやすい。
絡んだお出汁を麺が口まで丁寧に運んでくれているようだ。
ネギも一緒にすする。ネギの辛みがほんのり感じられ、甘いお出汁に包まれていく。
下半分がお出汁でふやけた海老天はいつかの揚げだし豆腐を彷彿とさせた。上はサクッと、下はほろりと、衣が崩れる。
お出汁だけになったどんぶりを両手で包むように触れると、冷たくなった指先に熱が伝わっていく。
一口だけお出汁を飲んで、流しへ運んだ。
洗うのはあとでいいか。
ソファへ寝ころび毛布に包まる。
スマホでインスタを開くと、美波がストーリーを更新していた。
私が郵送で贈った出産祝いは無事届いたようで、スタイを前面に出しプレゼント全体を写真に収め、コメントが添えられていた。
「かわいい!ひとみありがと~」
息をするように、右下のハートボタンを押す。
数秒間だけ表示されるストーリーが閉じぬ間に、今度は美波のアカウントのアイコンを押す。
美波の他の投稿をスクロールしながら眺める。
「くるみがプレゼントしてくれたうちの子のおもちゃ。すでにお気に入りです♡」
他の友人が贈ったと見られるプレゼントを我が子とともに写真に収めている。
こうやって、この友人のプレゼントは普通の投稿を、私のプレゼントは24時間で消える投稿をしているのを見ると、優劣をつけられているように感じてしまう。
誰にとっても取るに足らない存在であるという自覚を持ってしまう。
この年末年始に実家へ帰らないのも同じような理由からだ。
地元で結婚し出産したまだ23歳の妹は、学生時代遊んでばかりいた頃は両親から嫌味っぽく言われていたのに、孫が産まれた途端に両親から目に見えてちやほやされるようになった。
海外に越した姉と都心近くでひとり働く私よりも、近くで孫を産んでくれた妹の方がありがたがられるのだ。
もちろん美波は会えば楽しそうに話すし楽しいと笑ってくれる。
私の両親だって帰れば普通に迎えてくれる。
自分の考え方が捻くれているだけなのだ。
目を覚ますと外は真っ暗だった。
電気も暖房もつけたままソファで眠ってしまったらしい。
今何時…?
スマホを見ると午前4時過ぎだった。
お酒を飲みながらゆく年くる年を見るはずが、すっかり眠ってしまった。
外もすっかり静まり返っている。
体が少しだるい。
でもまあ、せっかく早起きをしたので、早めにお正月の準備を始めるとする。
毛布を剥がしながらゆっくり起き上がる。
炊飯器に米をセットし、炊けるまでに他の準備。
夜食べた年越し蕎麦の器を洗う。
冷蔵庫から取り出したサーモンとハマチの柵を半分は薄く切り、半分は普通の刺身の厚さに切る。冷蔵庫に戻す。
冷凍庫からむきえびを使う分だけ出し、流水で解凍する。
その間、ブロッコリーから小さな緑の木をいくつか切り出し、レンジで温める。
むきえびは軽く塩茹でし、ブロッコリーと粒マスタードで和える。
米が炊けるまでまだ時間があったのでスマホを見るとメッセージが来ていた。
家族のグループメッセ、美波、そして
一番に、米田さんのメッセージを開いた。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
いつも通りの文面が、0時半に届いていた。
マメな人なんだな。
変な時間になってしまったが…返事をしておこう。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
全く同じ文を返してしまったので、猫のキャラクターが「あけおめ!」と笑顔で言っているスタンプも一緒に送っておく。
家族と美波にもそれぞれ返事をした。
お天気アプリを開くと外の気温は2度。
少し窓を開けてみるとすきま風がピューと音を立てて入ってきた。
暖房の効いた部屋で火照った顔に冷たい空気を当てると気持ちが良かった。
そうしているうちに米が炊けたので、ボウルに移し、酢や砂糖、白ごまを加えて混ぜる。
きつく絞った濡れ布巾をかぶせ、冷蔵庫から薄く切った方の刺身を取り出す。
ラップで小さな手まり寿司にしていく。
作っている途中からそんな予感はしていたが、こうやって小さく握ると案外大量になるんだな…。
昨日のうちに作っておいた筑前煮と煮卵を取り出し、大きめの皿に盛っていく。
手まり寿司、エビとブロッコリーを和えたものも盛り、買ってきた栗きんとんと黒豆も添える。
できた。
なんちゃってワンプレートおせち。
有頭海老は食べにくいのでむきえびにしたり、栗きんとんも黒豆も買ってきたものだけれど、意外と綺麗にできたんじゃない?
写真を撮り、インスタのストーリーに短い挨拶を添えて投稿。
「あけましておめでとうございます。」
年の初めにふさわしい鮮やかな皿の上。
ひとりだけの贅沢なごちそうに、ほんの少しワクワクしている。
「いただきます。」
数時間前にしたばかりの挨拶を同じように口にした。
日本で一番早くおせちを食べる女になっている気がした。
筑前煮は味が染みて、冷たくても味がしっかりしているので美味しい。
エビとブロッコリーの和え物は、マスタードの辛みが効いている。
味玉は今回九州醤油に漬けてみた。とろりと甘めの醤油の味が付いている。
買ってきた栗きんとんも黒豆も素朴な味が良い。自分で作ったことがないので毎年スーパーのお正月コーナーに頼り切りだが、この安定した美味しさをいつか私も真似することができるだろうか。
そして、手まり寿司は形の可愛さもさることながら、やはり魚の甘くて味がぎゅっと詰まっている感じがたまらない。
どれも一口ずつ、交互に食べ進める。
静かで幸福な、正月の朝。
新年初日から自分で自分におせちを作り与えることで、少し自信がつく。
今年も自分の好きなものを食べて、好きなところに行って、自分の愛し方を模索しながら生活していく。
ひとりだけど孤独じゃない、そんな人間でいたい。
そう思いながらも、昨夜見た美波のインスタの投稿を思い出していた。
お茶でも飲もうかとキッチンへ行くと、コンロの大きめの鍋が目に入る。
…そうだ、お雑煮の替わりに豚汁を大量に作っておいたんだった!
すっかり忘れていた私は、すでにおせちでおなかがいっぱいになってしまっていた。
手まり寿司も酢飯もまだたくさん余っている。
米を炊く量が多かったことに今更気づく。
どれもこれも、年末年始の気分の高まりで作りすぎていたことに気づき、急に恥ずかしくなってきた。
豚汁はまあ明日でもいいとして、酢飯は今日中に食べてしまいたい。
でも昼も夜もこればかりはさすがにキツい。
どうする…。
ダメもとでスマホのメッセージアプリを開き、文章を考えながら画面をタップした。
これは、食材がもったいないから。
そんなふうに、いつもより積極的な自分に言い訳をする。
「もし、帰省などしていなければ、うちにごはんを食べに来ませんか。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます