【ひとりラーメン】

風邪を引いたおかげでクリスマスはうどんやおかゆしか食べられなかったが、仕事納めの今日は無性にラーメンが食べたくなっている。

さっきここへ来る途中見かけたラーメン屋の看板がずっと気になっているのだ。


「今日はどんな感じにしますか?」


初めて美容師を指名した。

美容師のお姉さんは金髪のオシャレなショートヘアにベレー帽を被っている。


「うーん…とりあえず、首が見えるくらい短くしたいです。」

自分の首の後ろに手を当てる。

「バッサリですね!」

びっくりしたようにお姉さんは言った。


前々回初めてこの人に髪を切ってもらって、数週間髪の調子がとても良くご機嫌だった。

まあその後、毎度のことだが、その数週間を過ぎると美容師さんがやってくれた髪の仕上がり通りにならなくなってしまうけれど。

そして前回は別の人、おそらく店長の男性が切ってくれたが、切って数か月は今までにないほどアホ毛が目立つようになってしまった。

おそらく髪の梳き方が良くなかったのだろう。


少しでも見た目に気を遣うようにしないと、私ももういいお年頃だからね。

それに、今まで美容室ジプシーになっていたので、気に入った美容師を見つけられたのはとても嬉しかった。

1,000円の指名料はそこまで痛手ではないのだから。


「飯島さんは今日はお仕事帰りですか?」

髪に鋏を入れながらお姉さんは聞いてきた。


「はい。毎年仕事納めの日は午後早めに終わってから納会があるんです。」

「じゃあこの後行かれるんですか?」

「いえ…先日風邪引いたので、今日は大人しくしようかと…。」

「そうだったんですね〜。」


チョキチョキ、手際よく髪を切り進めていく。



飲み会文化が薄れてきた昨今、全社でおこなっていた納会も私が入社した次の年から社内のフロアごとに開かれるようになった。

お酌もしなくていいし出し物なんかもやらない、平和な飲み会だとは思うがそれは我々事務職フロアの納会のことであって、別フロアの営業部はかなり、まだまだそういう文化が残っているようだ。

営業部同期の新菜にいなさんは数年前、余興で恋ダンスを踊ったとか言ってたっけ。



「こんな感じでいかがでしょうか?」

カットとカラーが終わった髪を、お姉さんが持つ鏡と目の前の鏡とで合わせて見る。

髪をかき上げると、インナーカラーの鮮やかなオレンジ色が現れる。

髪をかき上げないと見えないところが良い。


「いい感じです。」

「ありがとうございます〜。」


語尾が伸びるところ、美山さんに少し似ている。



支払いが済んだあと、忘れることなくラーメン屋の前に立った。

自慢の塩ラーメンのメニューが、立てかけてある小さな黒板に書いてある。

チャーシュー、味玉、ネギ大盛り…。

どれも乗せたい。考えただけで口の中によだれが溜まるようだ。

さっそく入店するため、重い扉を開けた。


小さな店内はがらんとしており、店主がいらっしゃいと軽く呟いた。

キョロキョロしてカウンター席へ向かおうとすると、

「食券買ってくださいね。」

と顔も見ずに言われた。

慌てて食券機の前へ。


財布の中身と相談し、やはりここは味玉ラーメンを!

900円と書かれたボタンを押す。


カウンターへ座ろうとしたら

「あ、こっちの席にしてください。」

いざ座ったら

「お釣り取り忘れてます。」


顔も見ずしれっと言われるため、なんだか気持ちがざらついた。

塩ラーメンだから、塩対応なんですか?

テーブルに置いた食券をかっさらっていった店主にそう聞いてやりたかった。


待っている間にスマホを眺める。

SNSには飲み会の写真を載せる人が連日たくさんいた。

輝く金色のビール、唐揚げの山、ピチピチの刺身。


「ラーメン食べにきた」


そんな中短い文字だけの投稿をして、スマホをテーブルに置いた。

切った髪が揺れて、美容室御用達のトリートメントのいいにおいがした。


「はい、味玉塩ラーメン。」

5分も経たないうちにやってきたラーメン。

ほぼ無色透明のスープに輝く脂がほんのり浮かぶ。

味玉2個、極薄のチャーシュー、ネギの代わりにみじん切りの玉ねぎ。

その下に細めの麺が隠れている。

「いただきます。」

箸を割り、手を合わせた。


私はラーメンの一口目は麺と決めている。

4本くらいを絡め取り、レンゲを使うことなくずぞぞっとすする。

あっさりした味で何とも食べやすい。

そういえば外でラーメンを食べる時はいつも味噌か醤油を選んでいたっけ。

塩ラーメンの専門店は初めてかもしれない。

考えながらもう一度麺をすする。

次は…味玉。2個あるから、1個は最後の方に取っておこう。

味玉を箸でつまむと、黄身がとろりと溢れそうになり、慌てて口の中へ入れる。

いい具合に醤油の味が染みていて、あっさりしたスープといいバランスかもしれない。

玉ねぎが入っているラーメン、珍しいし私は青ネギ派だけど、これはこれで美味しい。

玉ねぎの辛みも少し残っているところが良い。

チャーシューで麺を包むようにして一緒にすすると口の中がいっぱいになって幸せ。


あっという間に食べ、なんと初めてスープまで飲み干した。

ラーメンのスープというより、中華スープを飲んでいるようだった。


美味しかった…。

美容室でカラーをしている最中にこの店のことを調べたら、評価が高く口コミも多かった。

店主の塩対応ぶりにたじろいだが、評価の高さも頷けるほどの美味しさだ。


「ごちそうさまでした。」

「ありがとうございますー。」


店主はまた顔も見ず、軽く挨拶をして食器を回収していく。

それを横目に店を出る。


食券で先払いで済ませるのは、満足度と余韻を損なわない最高のシステムかもしれない。

いや、過言かもしれないが、少なくとも塩店主の前ではそう思えるのだった。




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