【ひとり風邪】米田大輔の場合

社食で昼食をとった後、魚崎さんと別れて会社近くのドラッグストアへ向かった。

昼間の日差しは優しく、しかし冷たい風がぴゅうと勢いよく吹く。


ドラッグストアには昼飯を買いに来る人、日用品を買いに来る人、お菓子を買いに来る人などがいる。

みんな棚の前で立ち尽くし、どれにしようかと買うものを選んでいる。

俺もその一人になり、お茶のティーバッグやスティックが並ぶ棚の前で立ち止まり考える。


これはもらった紅茶のお礼で、お見舞いだ。

だからそんなに凝る必要もない。

誰に向けるでもなく言い訳を心の中で並べる。

変に意識して高いものをあげても飯島さんは気を遣うかもしれない。

かといって、飯島さんの好みを知っているわけでもなかった。


ああでも、こんな悩むことでもないよな…さっさと選んでしまおう。

ちょうどいいところに「ほっと一息」と一言添えられたパッケージが目に入った。

柚子湯?初めて聞くな。うまいのか?

オレンジの紅茶をプレゼントしてくれたあたり、柑橘系なら大丈夫だろう。

箱をひとつ取りレジへと並ぶ。


さて、買ったは良いものの、どうやって彼女にこれを渡そうか。

当然家の場所なんて知らない。

それなのに気持ちが先走り、飲んだこともない柚子湯なんてものを買ってしまった。

飯島さんの風邪が治って出勤した時に渡しても意味がない。

普段ならそんなこと、冷静に考えられるのに。


「飯島さんが風邪なんて珍しいですね。」

「今流行ってるからね。帰りに見舞いに寄ってみるから。」

オフィスに戻ると、田中さんと美山さんが喋っていた。

「私は飯島さんが出勤されたらお菓子あげることにします。」

美山さんは両手でガッツポーズをしながらそう言って、その場から去った。


隣の席に座る田中さん。

コンビニの袋を開き、中のものを整理している。

ちらりと目をやると、おかゆのパウチが入っている。

俺は引き出しから小さいふせんを取り出し、ペンでメモを書いて柚子湯の箱に貼り付けた。


「田中さん、お願いがあるんですが。」




その夜、飯島さんからメッセージが届いた。


「柚子湯美味しいです。ありがとうございます。」


いつも通り絵文字も何もなく、シンプルなメッセージだった。

田中さんが無事に一緒に届けてくれたようで何より。


「大輔、夜ごはん何?」

スマホを覗き込まんと近づいてきたこちらは俺の姉。

地元を出て東京で就職・結婚した姉は、たまにまとめて送られてくる実家からの農作物を届けに来ては泊まっていく。


「今日は卵焼きだけど…。」

スマホの電源を落とし答える。


「卵焼き?だけ!?ごはんのおかずになんないわよそれだけじゃー。」

「うっせ。」

「今日持ってきてやった大根あるんだから、煮物にでもするわよ。」

勝手に冷蔵庫を開け、せっかくクリスマスの唐揚げ用に買っておいた鶏もも肉のパックを奪われる。


「てか、帰れば?航平さん家で待ってんじゃないの?」

「旦那は今日飲み会。いいじゃないたまには。」

「月いちのペースで来ることのどこが"たまに"なんだよ。」

「うるさいなー。」


歳が近いせいか、姉とは小さい頃からこんな関係性だ。

仲は悪くないが、憎まれ口はお互いよく出てくる。


卵を溶く横で大根をどんどこ切る姉。

四角いフライパンを出すとじっと様子をうかがってくる。

「大輔がそんな繊細なもの作る気になるなんてどういう心境の変化かしら。」

「別に、作れるものは多い方がいいだろ。」

「どんなもんか見ててあげるわ。」

そう言って包丁を置く。


キッチンペーパーでサラダ油を広げ、温める。

火を弱めて卵液を落とすとジュワァっと至福の音が鳴る。

黄色い液をフライパンの隅まで広げ、固まりだしたところを菜箸で奥から手前へ巻いていく。


姉は「へ〜すごいじゃん。」とテキトーに拍手をした。

さっさと大根切ってくれないかな…。


ふた巻き目も巻き終え、最後の3巻き目をじゅわっとフライパンに落とす。


「あんた、さっきスマホで見てたメッセ、彼女から?」


手を止め、姉の方を見た。


「違う。」

「じゃあ好きな子か。」

「いやそんなんじゃねーし…」

「えー、いいじゃん。ここ数年つき合ってる子いなかったけど、ようやくまた恋してるのね。」


何でも恋愛に結びつける困った姉。


「顔が穏やかになっちゃって。いい傾向ね。」

「いや、本当に何も無いっていうか。ただの会社の同期だよ。熱出して早退してたから大丈夫かなって、それだけで…。」

「大輔、」


目をそらしかけたところで、姉に真剣な声と顔で呼ばれる。

俺の気持ちなどお見通しだという顔だ。


「焦げるよ。」


ハッとしてフライパンを見る。

慌てて卵を巻くと、表面は少し茶色くなり、固まりきった卵は最後まで上手く巻けなかった。


「ああー…」

せっかく綺麗な黄色い卵焼きが焼ける予定だったのに。


「その卵焼きも、その子の影響なんでしょ。わかりやすい奴め。」

肘で小突いてくる。

ため息をつき、茶色っぽい卵焼きを皿に移した。


鶏大根と卵焼きが2人分並び、小さなローテーブルはいっぱいで溢れそうだ。

できたての鶏大根は味がしみていてほろっと美味い。

姉は呑気にビールを飲みながら卵焼きをつつく。


「これ食べたら帰るわ。」

そう言うと同時に卵焼きを口に入れる。

「弟の彼女に鬱陶しがられたらたまんないわ。」

「だから彼女じゃないって。」

「はいはい。」


お米の最後の一口を食べ終え、食器を運ぶ姉。

コートと、一体何が入るんだと思うほど小さいバッグを持ち、またねと手を振り帰っていった。


鍋にまだ鶏大根が残っていたので、皿に移して平らげる。

温かい汁をすすり、いつかの飯島さんのように息を吐いた。



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