【ひとり掃除】

アラームをかけない日曜日の朝、5時に目覚める。

よりによって平日よりも早い時間、目が冴えて仕方がないので布団から出ると部屋の床は冷えきっていて、つま先歩きでキッチンへ向かう。

空気もひんやりと頬を刺す。


エアコンをつけやかんを火にかける。

昨晩セットした炊飯器がちょうど米を炊き始める音がした。


トイレの便座に座り、眠い頭でぼんやりと物思いにふける。


昨日は驚いた。

まさか米田こめださんの家に誘われるなんて思ってもいなかった。

年頃の男女が家で飲むなんて、ちょっと、いや確実に、えっちじゃん…。

米田さんはそんなつもりなかったかもしれない。


透と偶然会ってしまって気持ちはくしゃくしゃになっていた。

実際米田さんの前で泣いてしまったし。

でも米田さんでウサを晴らすようなことはしたくない。

ちょうどいいところにいたから、という扱いをしたくなかった。

それに、一緒にご飯を食べた後は気持ちも嘘みたいに楽になっていた(泣いてスッキリしただけかもしれない)。

彼とは、もう少し大事な関係を築きたい。昨日彼がくれた言葉のおかげで心からそう思える。

そう思っているのは私だけかもしれないけれど。


米田くんの家に行くとしたら、そういう覚悟ができた時だと心に決めることとする。

ヨシ、と小さく声に出し、便座から立ち上がった。



米が炊けるまでの間にできることを済ませてしまう。

卵とじゃがいもをそれぞれ茹で、鮭を焼き、人参を切ってレンジへ、輪切りにしたきゅうりを塩揉みする。

茹で上がった卵は密閉袋に塩麹とともに入れる。この味付け卵が最近のマイブームだ。

じゃがいもは煮っころがしのようにしてからマヨネーズ・人参・きゅうりと和える。

焼けた鮭は崩れないようにフライ返しでタッパーへ移す。


早朝から3品も作り置きを作っちゃった。

天才かも。


鼻歌で体を揺らしていると炊飯器から米の炊けた合図が鳴る。

5分蒸らすから、そのまま待っておいてね。


大根の葉とちりめんじゃこで作っておいたふりかけと、カリカリ梅を冷蔵庫から取り出す。

カリカリ梅はたまに無性に食べたくなるのだ。

その梅を細かく刻み、大根の葉のふりかけと混ぜ合わせる。


さあ、お待ちかねのお米。

かぱっとフタを開けると柔らかい湯気が上がっていく。

炊き立ての甘い香りを胸いっぱいに吸い込む。

布巾をミトン代わりにしてアチアチと言いながら御釜ごと取り出し、ふりかけを入れてよく混ぜ、それらを全ておにぎりにしていく。

1つは朝ご飯、2つは昼ご飯、残りは全て冷凍。


朝ご飯用のおにぎりをもしゃもしゃと食べる。梅と大根の葉のシャキシャキした歯ごたえで音まで美味しい。


ようやく暖房で部屋が温まってきた。

いつものほうじ茶を飲みながらお気に入りのプレイリストを再生する。

外ではジングルベルが聞こえてくるこの時期に、部屋の中では春の歌が流れ出した。



食器を洗い終え、昼用のおにぎりにラップをかけ、いよいよ今日の大仕事…掃除の始まりだ。


昨日米田さんと会う前に100均や日用品店で買った掃除用具たちを、バッグをひっくり返して出す。

スポンジ、窓掃除用の水切りワイパー、ブラシ。

雑巾は使い古したタオルを使おう。

最初に掃除機をかけたいところだがさすがに近所迷惑な時間だ。他の場所を先にやってしまおう。


まずは面倒な水回りからやっつける。


トイレの前にスマホを置いて、曲を流す。

便器を新しいブラシでこすって、流す。

掃除したての白い陶器はまるで新品のように水を弾き、照明の光をたたえていた。

床まで綺麗に拭いて、おしまい。


次に風呂場。

シャワーの音でかき消されないようスマホの音量を上げ、洗濯機の上に置いた。

こうして見ると水垢があちこちに発生していて、ゴシゴシとスポンジでこする。

シャンプーボトルの裏までしっかりと。

こういう時必ず、普段掃除をサボりがちなのが悔やまれるのだ。

ひと通り綺麗にしてから、一度風呂場を出る。

「昨日買ったやつを…」

マットで足の水気を取り、リビングへ。先ほどバッグから出した物の中から水垢防止のシールを取り上げる。

天井に貼り付け、おしまい。


続いて洗面所。

髪の毛はこまめに取り除いていたけれど、排水口は、こちらも水垢が付いている。

洗面器全体はメラミンスポンジでこすり、排水口はちょうど捨てようと思っていた自分の歯ブラシでこする。

ついでに鏡も拭かなきゃ。

白い小さな粒をタオルで丁寧に拭いていく。

こちらもおしまい。


そろそろ良いだろう、と思い掃除機をセット。


換気のために窓を開けると、冷たくも優しい空気が部屋に入り込んできた。

朝日が昇り、鳥の鳴き声が聞こえてくる。


リビングとキッチン、それから寝室と玄関を、部屋の隅まで掃除機をかけていく。

重い本体が物に当たりそうになるたび、上手く方向を変える。

ゴミが袋に溜まったお知らせランプが点いているが、あと少しだけ頑張っておくれ!と念じながらホースを伸ばす。



流しで手を洗い、冷めたやかんを火にかける。

お気に入りのマグカップを皿洗いラックから取り出し、オレンジティーのティーバッグを入れる。

ティーバッグは最後の1つだった。


かけっぱなしにしていたプレイリストは冬の曲が流れていた。

明るいけれどしっとりした雰囲気の曲に心を預け、お茶を一口。


部屋の掃除をすると心の整頓にもなる。

普段はサボりがちな掃除も一気にやると清々しい。

ソファに寄りかかり、外を眺めた。

低い階だが空が広々と見えるこの窓が私は好きだった。

すっかり日は昇り、晴れた外は窓からの空気とは違い暖かそうだ。


ハンドクリームを塗ろうとしたが、先にお昼のおにぎりに手を伸ばす。

冷たくなったおにぎりも美味しいので、ひとつはこのまま食べることにする。


今日の掃除予定は残すところあと窓掃除だけ。

年末に1日で片付ける気力がないため、12月に何日かに分けて掃除をする主義だ。


午後もテキパキと片付きそうだ。

でももう少し、このまま、休憩することにする。

音楽を止めてからまた外を眺めた。



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