【ひとりパンケーキ・後編】(番外編)

飯島さんは、よく私の話を聞いてくれる人だ。

推しの話、仕事の話、わりと何でも。


私が一方的に話しているだけなんだけどね。


同じ経理の田中さんも「姐さん」って感じで頼りになるけど、飯島さんのほうが歳も近いし、何より、何でも話しやすい人だ。

無駄にリアクションしないけど、聞き流さずに聞いてくれる。


でもかなり地味。

服とか化粧とかこだわり無さそうだし、超美人って感じでもない。

私達の年代は見た目を気にしてなんぼ。男のため、自分のため、推しのためにオシャレをしている。

飯島さんには彼氏も推しもいる気配もない。

気持ちが落ち着いているから見た目も落ち着いているのかな。



給湯室でコーヒーを入れる。

最低でも2時間に一回はこうやって席を立たないと首や背中が凝ってくる。

健康にもダイエットにも良くない。

大きく伸びをしていると飯島さんがやってきた。


「お疲れ様です〜。」

語尾を伸ばすのやめろって、元カレに言われてたなぁ。

「お疲れ様です。先週は大丈夫だった?」

先週?何かあったっけ?

「ほら、東京の塩塚部長にいろいろ言われてたみたいだったから。」

少し心配そうにこちらを見る飯島さん。

そんなこともあったっけな、と振り返る私。


「あ〜…そうですね。『ニコニコ愛想よくしてればいい』的なこと言われたんですけど、でもホントその通りっていうか。ほら、私仕事できないですし。」

ニコニコ。いつも通り振る舞う。

なんでこうやって、笑って何でもないフリしちゃうんだろう。

まあおじさんの言ってることなんて、休みを挟めば忘れてしまうくらいだったけど。


「そんなことないよ。」


飯島さんはティーバッグを入れたカップにお湯を注いだ。

またこちらを見る。


「美山さんは仕事できなくなんかないよ。記憶力も良いし。だから、あんまり気にしないで、部長が言ったこと。」


彼女はそれだけ言うと、スタスタと自分の席に戻っていった。



そういえば、私が入社してすぐの頃、伝票処理作業に苦戦していた時、助けてくれたのが飯島さんだった。


会計システムなんて大学卒業まで触ったことがなかったし、貸方借方の概念も知らなかった。


月次業務の締めの日、パソコンを持ってきてオドオドしながら飯島さんに話しかけた。


「すみません、前にも聞いたと思うんですけど、ここってどう入力したらいいんでしょうか。」


メモを取ったつもりでも取っていなかったり、どこに書いたかわからなくなったり、メモがどこかへ行ってしまったりで、冷や汗をかきながら仕事をしていた。


「わかりにくいんですが、ここの四角いボタンを押したら一覧が出てくるので、それで。」

飯島さんがスイっとカーソルを動かし、勘定科目の一覧がパッと現れる。


いつも通りに普通に答える飯島さん。

心の中では、使えない新人とでも思っているかも。


「焦らなくて大丈夫ですよ。」


飯島さんはデスクの脇に立てかけていた折りたたみの椅子を広げ、どうぞと私に座るよう促した。


「何回聞いてもらっても良いですから。覚えるまでちゃんと教えます。」


笑うでもなく、淡々と私に話しかけた。

でもその一言で私は気が楽になったと同時に、この人に恥じないようしっかり仕事を覚えようと思ったんだった。



可愛いとか、女の子っぽいとかって褒められることは嬉しいけど、それはその人たちにとって都合が良い、いつもニコニコしている私。


飯島さんはそんな簡単な褒め方じゃなくて、私の仕事ぶりを認めてくれた。

わざとらしく褒めたりせず、淡々と。


言葉にならなくて、給湯室でひとり泣きそうなのを堪えて、コーヒーを飲んだ。

泣いたりしたらメイクが落ちてしまう。



「今日このあとパンケーキ食べに行こうかなって思うんですけど、飯島さんも一緒に行きませんか?」


経理部の決算業務も落ち着いた頃であろうある日、帰りのロッカーで一緒になった飯島さんに声を掛けた。


「うーん…またの機会で。このあと先約があるからさ。」

「あら残念。では、お先に失礼しまぁす。」


残念と言ったのは本音だった。

仕事以外の飯島さんのことも知りたいなと思っていたけれど。

ロッカーでスマホを触って暇をつぶしているところを見ると、社内の人と約束しているのかも。


ひとり、会社を出る。

いつもなら絶対にひとりご飯なんて行かないけど、今日は、パンケーキの気分だ。



クリスマスのリースが飾られた白い扉を開くと、提げられた鈴がチリンチリンと鳴った。

仕事終わりの女性グループが1組、カップルが1組、一人の客もちらほら。

お店のお姉さんに広々した4人がけのテーブルへ案内された。


同じお姉さんが水を持ってくると同時に注文をする。

「ふんわリッチパンケーキひとつください。」

メニューの表紙に大きく印刷された写真を指す。


パンケーキを待つ間に、就職と同時に別れた元カレのことを思い出した。


語尾伸ばすな、短いスカート穿くな、飲み会ある時は連絡しろ。

何かと口うるさかったなぁ。

でも一緒に外食へ行った時には、たくさん食べて、私が食べ切れなかったものも必ず残さず食べてくれた。

パンケーキも、カロリーを気にした私の分を半分食べてくれた。


スマホを開く。

インスタのストーリーに元カレが投稿している。

アイコンをタップすると「火曜から飲み!」というコメントとともに、数人でビールを乾杯する写真が映し出された。


「お待たせしました。ふんわリッチパンケーキでございます。ご注文以上でよろしいですか?」

「はい。ありがとうございます。」


私の手でかたどった丸のサイズほどのパンケーキが2つ重ねられている。

ぽってりと添えられた生クリームにはブルーベリーのソースがかかり、ミントが載せられている。


フォークで真ん中に一直線の切り目を入れる。

半分にしたパンケーキをさらに半分にし、口へと入れる。ふわりと弾む。

頭まで柔らかくなりそう。


今度は生クリームもつけて食べる。

たまらない。


軽くて柔らかいのにおなかに溜まっていく。

でも今日は、一人で食べ切りたい気分なんだ。



あ、インスタ用に写真撮るの忘れた。



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