【ひとりファミレス】
12月の最初の土曜日は曇天で、今にも雨が降りそうだった。
天気予報でも言っていた通りの天気だ。
貸出期限が今日までの本があったため図書館へと向かう。
少し離れた大きい図書館へは電車で行くのが一番アクセスが良い。
揺れる電車のドアにもたれながらスマホを開く。
メッセージアプリを開くと、
米田さんと約束した次の日、朝のエレベーターで偶然米田さんと一緒になった。
もしかしたら同じ電車に乗っていたのかも。
「昨日はごめん、結局6時までに終わらなくて…。」
顔の前で手を合わせ申し訳なさそうに謝る。
「いやいや、しょうがないよ。例のシステム大変そうだね。」
「そうなんだけど…。いや、連絡もできなかったからもしかして、けっこう待ってたんじゃないかと思って。」
「うん、いや、6時過ぎには帰ったから。」
本当は、6時半まで期待して待っていたけど。
恥ずかしくて咄嗟に小さな嘘をついた。
でもこれはこれで、冷たい奴だと思われるだろうか。
「社内のチャットだとアレだし、よかったら連絡先教えて。」
そう言われ、1秒、フリーズした。
その1秒間で一気に気持ちが波打った。
口に出すべき言葉を頭の中で必死に探す。
「…うん、そうだね。よろしくお願いします。」
必死に探して出した言葉は何ともあっけない。
スマホを差し出し、自分の連絡先のQRコードを読み込んでもらう。
たったそれだけのやり取りで、私は朝からドキドキしてしまった。
「来週か再来週なら何とかなりそうです。」
絵文字も何もなく、会社のチャットと同じようなメッセージだった。米田さんらしい。
「了解です。来週は後半なら大丈夫です。米田さんの都合の良い日に声かけてもらえたら。」
返事をし、スマホをコートのポケットへしまう。
ドアのガラスを見ると、頬がゆるんだ自分の顔が写っていた。
本の返却だけをしてすぐに図書館を出た。
何しろおなかがすいているのだ。
雨が降る前にどこかの店に入りたい。
こうやって急いでいてなんでも良いから食べたい時は、ファミレスが一番なのよね。
駅前のファミレスに入る。
お昼のピーク前で幸い席が空いていた。
どれにしようかとさっそくメニューを広げる。
和食や洋食に、中華なんかもある。
見ているだけでワクワクするメニューの量と種類だ。
ファミレスも注文はタッチパネルだ。
ドリンクバーをいの一番にタッチする。
オムライスとスパゲティで迷ったが、オムライスを選択。
送信ボタンを押し、ドリンクバーへとワクワクしながら向かう。
ドリンクバーでは必ずオレンジジュースと決めている。
コップを握りしめ、ジュースを3人分入れる男性の後ろで順番を待つ。
振り返った男性と目が合うと、瞬間、思考が止まった。
男性の方も私と目を合わせて立ち止まった。
「ひとみ?」
懐かしい声で名前を呼ばれた。
彼は、大学時代に付き合っていた豆川透だ。
「他に好きな人ができたんだ…。」
別れの理由を告げる透。1時間前まで私を抱いていた男だ。
明日にはつき合って5ヶ月になるけど、そんなことはもはやどうでも良かった。
大学の写真サークルで一緒の透とは自然とつき合い出した。
今日まで全く浮気している様子など無かった。
でも、私を抱いた後によくそんな告白ができたものだと、気持ち悪くなった。
「出てって。」
もう話す気などなく、顔も見ずに透を自分の部屋から追い出した。
その数日後、サークルの美人な先輩と手を繋いで歩く透を見かけた。
私はサークルを辞め、カメラも触らなくなった。
「何年ぶり?卒業ぶりか。」
透が続けて話しかける。
危ない、昔のことを走馬灯のように思い出していた。
「そうだね。本当久しぶり。豆川…くん、変わってないね。」
「ひとみも全然変わらないね。」
コップを持つ透の左薬指には銀色の指輪。
大学の頃とは別の細い眼鏡を掛けている。
「ひとみは今日は?一人?」
「うん、この近くの図書館に…」
「へえ、やっぱり。一人好きだよね。」
じゃあ、と軽くコップを上げて笑顔で去る透。
向かったテーブルには知らない女性とまだ小さい子どもが座っていて、戻ってきた透を笑顔で迎えていた。
「…先にトイレ行くか。」
冷静に小さな声で呟いた。
コップを元の場所に戻し、トイレへ向かう。
ジュースを入れ終わり自分の席に戻るとちょうど店員がオムライスを運んできた。
綺麗にライスを包んだ卵に赤いケチャップが綺麗に一筋かかっていた。
美味しそう。
一口食べる。
ケチャップライスの味がするだけだった。
こんな気持ちじゃなかったらもっと美味しく食べられたんだろうなと思う。
オムライスを勢いよく食べる。
ケチャップライスの最後の一粒まで綺麗に食べ終え、ジュースも一気飲み。
洋服の中でじわりと汗をかいていた。
伝票を持って、レジへと向かう。
あ、ドリンクバー、1杯しか飲んでないな。
透たちの席を見ないように店を出た。
スマホのアプリで調べると、電車はすぐに来るようだ。
急いで駅の改札へと走る。
結局電車に間に合わず、駅でぼんやりと立ち尽くした。
走ったから息が上がっている。
食べた後に走ったので、少し気持ち悪い。
何やってるんだろう、私。
別にあんなに急いで食べることもなかったのに。
コートのポケットがブブッと震えた。
スマホを取り出すと、メッセージが来ていた。
「仕事の日じゃなくても土日とかどうですか。」
米田くん。
手汗の滲む手で、返事を打つ。
「今日予定空いてるなら、米田さんの最寄り駅で一緒にご飯どうですか。」
雨が急に降ってきて、ホームの屋根に勢いよく当たる音がした。
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