【ひとり宅飲み】
布団から出ている鼻の先が冷たいことに気付き、目が覚めた。
アラームより早く目覚めたのかと思いスマホを見て、今日が土曜日だったことを思い出す。
アラームの設定はしていない。
毛虫のようにゆっくり布団から這い出て、そのへんにあったパーカーを羽織りキッチンへ向かう。
まだ10月だというのに今朝はずいぶん冷え込み、床が少し冷たい。
やかんに水を入れ火にかける。
その間にトイレへ行く。
学生の頃は授業のない日は昼まで寝る日も多かったが、今では会社に行く日とほとんど変わらない時間にアラーム無しで起きるようになった。
何も予定が無い日は早く起きると少し得をした気持ちになれる。
茶缶に少し残ったほうじ茶の茶葉をすべてお茶パックに入れ、そのままマグカップへ。
お湯を注いで蒸らす。
待っている間にスマホでニュースを眺めた。
「○○の養鶏場で鳥インフル疑い」
毎年流行る鳥インフルエンザが今年は早めに出たようだ。また数か月後に卵や鶏肉の値段に影響が出るのだろうか。
「人気アイドル○○、熱愛報道」
このアイドル、美山さんが好きなアイドルグループのメンバーだ。月曜日会社でこの話題が出そうだな。美山さんはこういう報道どう思うんだろう。
スイスイっとスクロールを続けて見出しをひと通り見たのち、お茶パックを取り出したマグカップに口をつけ「あつっ」と小さく声に出した。
一人暮らしの予定が無い土曜日とは、自由で何でもできそうな気がしてきて、気持ちものびのびする。
起きた時は寒かったのに、1時間も経てば気温はぐんと上がったように感じた。
タンパク質が多く含まれているのが謳い文句のヨーグルトを食べながら今日の買い物の予定を立てる。
せっかくだから明るい時間からお酒を飲むのも良いかもしれない。
冷蔵庫にいただきもののワインがまだ残っているから、今日は家で飲もう。
そうと決まればお酒のあてになるものも作りたい。
冷蔵庫の中身を確認するとこれまたいただきもののパテがある。買うものはバゲット、それに合うサラダやおつまみを作ろう。
廃品回収のチラシの裏面に「バゲット、トマト、モッツァレラチーズ、ほうじ茶」と書いた。
ヨーグルトだけでは物足りず、冷凍してあったごはんを解凍し、冷蔵庫に1パック残っていた納豆を混ぜてごはんの上にかけて食べた。
朝から食欲があるのは良いことだ、と心の中で頷いた。
リビングだけ軽く掃除機をかけ、着替えて家を出る。最寄りのスーパーへは自転車で向かう。
風はそんなに冷たくない。
スーパーに着くと同時に、チラシの裏に書いた買い物のメモを忘れたことに気づいた。
まあいいか、忘れたらその程度だったということだ。自分に言い聞かせる。
メモを忘れることはたびたびあるためスマホにメモをすれば良いものを、紙にメモする方が何だかしっくりくるのである。
まずはバゲット、バゲットだ。次は、トマトとチーズ。ワインなら絶対カプレーゼでしょ。
脳内で独り言を繰り返しながら商品を買い物かごへと入れていく。
今日のものだけではなく、明日や月曜日以降の献立も考えながら売り場を回る。
ときどき、独り言が漏れている気がする。
「いつも入ってるよね、弁当に、卵焼き。」
卵コーナーに来た時、先日の
鳥インフルで高くなるかもしれない卵10個入りが今日は178円で売っている。
少し買うのを迷うフリをして、かごへ入れた。「いつも入ってる」だなんて、人の弁当をいつもチェックしていたのかしら。
家に帰りさっそくおつまみを作った。
カプレーゼ、ブロッコリーとゆで卵のサラダ、海老のアヒージョ。彩りも良く、ワインを飲むのが楽しみになるラインナップだ。
ちょうどお昼時。
鼻歌を歌いながら冷蔵庫からワインとパテを取り出す。
どちらも友人の美波が誕生日にくれたものだが、彼女は現在妊娠中のため今回は私だけでいただくこととする。
出産後にまた一緒に飲みに行きたいな。
録画していた番組を消化しようと思い立ちテレビをつける。
「出川哲朗の充電させてもらえませんか?」の高知回。
バイクを充電しながら旅をするこの番組でしか摂取できない栄養がある。
私もスイカのヘルメットを被り、ゲスト用の黄色い電動バイクに乗って旅をしてみたい。
テーブルに置きっぱなしにした買い物のメモや他のチラシをゴミ箱に入れ、アルコール除菌シートでテーブルを拭く。
料理とワインを運び、いよいよひとりの飲み会を開催。
まずワインを一口。
ワインは甘口が好みの私に美波がセレクトしてくれた白ワインは、フルーティでデザートのような甘さだ。
続いてカプレーゼを口に運ぶ。しっとりとしたモッツァレラチーズとトマトを一切れずつ同時に食べると、チーズでもったりした口の中がトマトのみずみずしさで相殺される。初めてこれを合わせた人は天才かもしれない。
ブロッコリーのサラダはいつもならマヨネーズで和えるが、今日はオリーブオイルと塩コショウのみ、パテの分カロリーを抑える作戦だった。
海老のアヒージョは近所のイタリアンの店の味を想像しながら作ってみたが、意外と悪くない出来で満足だ。
ワインを一口。
部屋には秋の日が差し込み、お気に入りのワイングラスを柔らかな光で包みこんだ。テレビでは番組のゲストが充電させてもらえる家を探しているところだった。
ゆっくりと流れる休日の午後は私の部屋を私だけのものにしてくれる。
ひとりの時間が好き。
普段のんびり見つめることのない自分に向かい合い、寄り添い、自分を愛せるから。
仕事中の眉間にシワが寄っている自分のことはなかなか愛せない。
バゲットにパテを塗り、かじる。
濃いバターの風味がじわりと口の中で広がり、その瞬間世界で一番幸福になった。
夕方、食べて飲んだあと少し眠ってしまったようだった。
目をこすり、台所へ立つ。お茶を入れようと茶缶を開けたところで、今日の買い物で茶葉を買ってくるのを忘れたことに気づいた。
しかたなくやかんで沸かしたお湯をそのままマグカップへ注ぐ。
メモを持っていくのを忘れ、買い物も忘れ、ポロポロと忘れ去られたものたちを惜しみながら、今日の夕飯は軽く済ませようなどと考えた。
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