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「リリ——黒函くろはこ莉里りりは電話の相手に、“殺人犯がいる。顔をカメラで撮ったから確認してほしい”そう伝えていました。前田くんによくよく確認すれば、その頃の黒函莉里はネット配信者というものだったらしく、暴露系というジャンルで世間の人気を集めていたようで」

 

 爆弾のタイマーは一時間四十三分。随分しゃべったように思うが、私は時間の進みの遅さに心の内で落胆する。宗胤しゅういんは両掌を組み、冷めた顔で私を見ていた。

 

「私は咄嗟にリリの手からスマホを奪い取りました。揉み合いになり、騒ぎに気づかれてはまずいと首を絞め意識が落ちたことを確認すると、店の男性用トイレの掃除用具入れに一旦リリを押し込みました。個室に戻り、リリが帰ってしまったことを前田くんに告げ、彼も不機嫌に店を出ていった。私は撮られた写真を削除しようと、指紋認証でスマホを開けるために再びトイレへと向かいました。目が覚める前にと、焦りながら」

「なるほど。意識を落としただけ、そう思っていたのが不幸にも、黒函莉里はその掃除用具入れで息絶えてしまっていた、というわけだ。うん、わたしが訴訟記録で確認したものとも内容は一致します」

「……訴訟記録?」

「ええ。わたしは浅倉さんのことを徹底的に調べました。あなたの生い立ちも交友関係も、殺人の経緯も動機も方法も、全て頭に入っています。死んだ黒函莉里をその後、あなたがどう処理したかも全て」

「だったら」

 

 だったら、なんの為に? ますます意味がわからない。こんな分かりきった答え合わせに付き合わされるのは堪らなく退屈だった。

 それは例えば、もうすっかり身体に染み付いているゲームの操作中、いちいちルール説明イベントが発生しそれをスキップすることも出来ない、そんな煩わしさを十倍濃くした感じだ。

 ——いや。待て。一致? 宗胤は、私の口から語られることと自分の記憶とを正しく・・・答え合わせしているのか。だとすると宗胤が明らかにしたい事実というのは、

 

 矛盾。

 

 宗胤は私の証言に矛盾を探している。綻びを見つけ、そこから何かを導き出すつもりなのだ。

 

「だったらこんな会話のやり取り必要ない。またそう仰りたいので?」

「いいえ、そうじゃありません。あなたが、宗胤さんが私の人生をそこまで読み解いてくださって感動しているんです。だったら私も薄れた記憶を引っ張り出して、真摯に向き合わなければバチが当たるな、と」

「これはまた、急に素直になりましたね。先ほど襟元を掴んでしまったことで怖い思いをさせてしまったのなら、謝ります」

「そんな。でもすみません、もし私の発言にあなたの記憶と違ったなにか矛盾があったなら、遠慮なく言ってください。なにせ私の記憶も随分と古いものですから」

 

 私がにこやかに笑えば、宗胤の眉間に一瞬しわが寄る。やはり。宗胤は焦っている。私の口から求める答えが出なければ、宗胤もなにかしらの不利益をこうむるに違いない。そしてそれは私同様、爆弾が爆発することによる死ではなく、べつのなにか。

 ならば私は、初めから綻びを失言にしなければいい。例え事実を間違おうが、そんなもの取るに足らない小さなことだ。宗胤の口車に乗り、矛盾を突かれるたびに冷静に修正する。先ほどからの私に対する煽りが失言を誘うための呼び水だったなら、残念。私は今、それに気がついた。

 

 残り一時間三十五分。

 先手を打つ。

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