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縄跳びを飛びながら踊るカップルが注目を
当時二十二歳とまだまだ若者のくくりに入る私でも、同年代の女性の顔は皆似たり寄ったりに見えたものです。
そしてそれは初めての合コンで出会った十九歳の女の子、リリも例外ではありませんでした。陶器のように艶のある白い肌、太めなブラウン眉毛に大きな目を強調するアイライン、涙袋。スっと通った鼻筋にヌーディなリップ。
網の上に設置された換気ダクトに吸い込まれる煙、その向こう側の彼女は、私には目もくれず前田くんを見つめていました。
『えー、キヨさんめっちゃ紳士ですね。肉も焼いてくれるし空いたグラスにもすぐ気づくし。しかもここ、本当にご馳走になっちゃっていいんですか?』
『もちろんだよ、流石に学生に払わせる度胸ないわ。ねえ、ジュン?』
前田くんが肩を小突くので、私は条件反射で頷きました。
赤坂の駅を出て徒歩二分、壁に白色のブロックが装飾された変わったビルの四階で、私と前田くんはリリを前に肉を焼いています。
焼肉店には個室があり、前田くんはわざわざ追加料金を支払ってまでVIPルームを予約していました。頼むメニューも決してリーズナブルではなく、前田くんが注文する肉の部位すべてに“特上”が付くほどです。
前田くんとリリは、運ばれてくる肉の皿を持ち上げたり顔を寄せたりして、何度もスマホで写真を撮っていました。ドリンクがくればグラスを合わせて写真、肉が焼ければ箸で持ち上げて写真。そういえば、巷では“映え”を意識したSNS投稿が流行していると
皿に乗せられた肉を見ながら、私はぽつりと呟きました。
『肉、冷めちゃうよ。美味しいうちに食べた方が』
『え、なに。ウケる。ジュンさんって奉行タイプ? 肉は両面何分焼いて、はい、今食べて! みたいな』
テーブルを挟んで私の斜め前に座るリリは、長いネイルのついた指を器用に使ってスマホをいじりながら、未だ私を見ずに喋ります。
『なんかジュンさんって、キヨさんの友達っぽくないですよね。なんとなくジャンルが違うっていうか、それこそ医者と介護ヘルパーくらい違うっていうか』
『それは介護ヘルパーを下に見ているってこと? それとも僕を見下しているのかな』
リリは私のことを品定めするようにさっと流し見すると、子供みたいに握った箸でタレに浸った肉を掴み口へと入れました。二噛みして、特に感想も述べることなく飲み込みます。
『あー、怒っちゃいました? ほら、リリって結構サバサバしてるってよく言われて、思ったことすぐ言葉にしちゃうから』
『サバサバって自分で言うことかな。なんでも受け流せるさっぱりした性格なことと、デリカシー無くずけずけ物を言うことを混同しているんだと思うよ、きみは』
『……は?』
明らかに空気が悪くなりました。無論、それは私のせいです。
『ごめんねリリちゃん! こいつ若干コミュ障でさ。リリちゃんの呟きはいつもちゃんと芯が通ってて好感が持てるし、ユリちゃんとリリちゃんのリプライのやり取り、いつもセンスあって面白いなと思いながら見てるよ。ところでなんだけど、ユリちゃんってまだ来ないのかな?』
『ちょっとわかんないや。あたしトイレ』
リリは席を立つと、スマホを片手に部屋を出て行きました。そのタイミングで前田くんは私に、今日はもう帰るようにと促してきます。
『どうして?』
『浅倉くん空気読めなさ過ぎ。リテラシーないの? 僕は今日の会に懸けてるの。わざわざホテルの部屋まで予約したのに……リリちゃんの機嫌を逆撫でするようなことして、これで帰っちゃったらどうするの? ユリちゃんが来る可能性も消えちゃうじゃん』
なかなかどうして、この前田くんという男は私の期待を超えてきます。合コンとは名ばかり、要は初めから女の子を持ち帰る心づもりだったのです。あわよくば。狙いのユリが駄目ならリリでもよい、そんな感情が透けて見える表情をしていました。
そんな前田くんの顔に私は急にシラけてしまい、言われた通りにお店を出ていくことにします。
——そうして店を出ようとした、その時。
廊下の隅で、リリが誰かと電話をしている後ろ姿が見えたのです。
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