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「また人を殺してしまった。それも、少年院を出てから僅か五年で。いくら殺意がなかったとはいえ、父親を刺した時のように情状酌量は認められないと思いました。死顔がこちらを向いているのが嫌だったので、私はリリの瞼を手で無理やり閉じ、それから脱力したリリの右腕を持ち上げて指でスマホのロックを外しました。そうして開いたスマホを操作して、カメラロールに保存されていたデータを全て削除したんです」

 

 身振り手振りを交え、私は流暢に言葉をつむぐ。からくりが分かれば怖くない。一時間半の問答で、私はついに宗胤しゅういんと対等な立場を手に入れたのだ。

 私の態度が生き生きし始めたことを受けて宗胤は多少苛立っているようにも見えたが、それでも冷静に言葉を返してくる。

 

「データをすべて消したのはどうしてですか。写真は、目当てである浅倉さんの顔が映ったものを消せばそれでよかったのでは?」

「選ぶのも面倒だったんですよ」

「でもデータを消去した後、あなたはスマホの画面が粉砕するほどに踏み潰していますよね? そんなことをする方がよっぽど面倒だと思うのですが。それに、データを消去するほどの冷静な判断ができたというのに、その後にまた感情を昂らせたというのがどうも、腑に落ちない」

「あなたが腑に落ちる必要などありません。検察官はこの件について私の元々の精神異常を定義し、加えてもう一つの事件・・の露呈によって私は死刑を求刑された。そして裁判官もその通りに判決を下したんです。私がなぜ事件を起こしたかなんて誰も興味はなかった、訊きもしなかった。死刑を決めた裁判所の空気は、私が父を殺害した時に行われた裁判の同情的な空気とは雲泥の差でした。私にはそれがなんだか可笑しく思えたんです。思わず笑いが漏れてしまうほどに」

 

 このとき不気味に笑った私の顔写真は、後のメディアやSNSで瞬く間に拡散されていった。“猟奇的殺人者”や“サイコパス”などの文言を添えて。

 

「死んだ黒函莉里の右手首を切断したのは、何故ですか」

「なんとなくです。長いネイルが気に入らなくて」

「そのあと手首から先を店の個室に持ち運び、網の上で焼いた理由は?」

「なんとなく」

「両手ではなく右手だけをそうしたのも、なんとなくですか」

 

 私はわざとらしくため息を吐く。

 

「宗胤さん、先ほど私のことは徹底的に調べたと言っていませんでした? これ、私の人生の振り返りというよりまるで取り調べみたいになってますよ。教誨師ごっこから検察官ごっこに鞍替くらがえですか」

「わたしは事実を確認しているだけです。でしたら質問を変えましょう。あなたは黒函莉里の手首から先を、何を使って切断したのでしょうか」

「……まあ別にいいですよ、付き合いますけど。えっと、何を使って? 焼肉店の厨房にあった包丁を盗んで、それで」

「そのとき、厨房に従業員は一人もいなかったのですか?」

「まあ、そうでしたね。運が良いことに」

「運? ご冗談を。そんな状況はあり得ない。当時の店長さんは、とあるメディアの取材に対してそう証言しています。営業中に厨房が空になる瞬間なんて絶対になかったと」

「そんなことを言われても。現に私は包丁を盗み出すことに成功しました」

「それは火災報知器のベルが鳴ったからですよね。事件の日、何者かが報知器のボタンを押した。騒然となった店内で、店長および従業員は火元を確認するため、そしてお客様を避難させるために厨房を空にせざるを得なかった」

「ああ、火災報知器。そうだったそうだった。私が押したんですよ、そのボタン。それで厨房から人がいなくなったのを確認して、包丁を盗みトイレで切断を」

「わざわざ? ベルが鳴り響く中、ただ長いネイルが気に入らないなんて何となくの思いを、あなたは逃げることよりも優先させたというのですか? そもそも浅倉さんは自分が殺人犯だとバレたくないから、写真を撮った黒函莉里と揉めたのですよね? 殺人は事故だった。それなのに、罪をさらに荷重する必要がどこにあるのですか。消防が店に到着してあなたを個室で発見するまで、悠長に手首を焼いていただなんて……そんなのは不自然だ」

「しつこいな。そんなこと、今更どうだっていいんだ」

 

 宗胤に被せるようにして、私は鋭く言葉を重ねた。冷静に。相手の挑発に乗らないように努める。

 

「私は罪を認めました。弁護人も淡々と事実確認をするのみで、私の罪を軽くしようだなんて思ってなかった。早く裁判を終わらせること、事件が終息することを誰もが願っていたんです。細かい矛盾なんて取るに足らない」

「事件が終息することを願う。それは浅倉さん、あなたもですか」

「もちろんです」

「それは、罪を早く確定させたかったから?」

「そう……ですけど。回りくどいな。何が言いたいのかはっきりさせてくださいよ」

「犯人はあなたじゃない」

 

 ——かちり。爆弾のタイマーが一時間二十三分に切り替わったと同時に、私の心臓もひとつ、大きく波打つ。

 

「浅倉さんは黒函莉里を殺しちゃいないんだ」

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