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「なるほどなるほど。前田清玄まえだきよはる叶韻蝶会きょういんちょうかい、そして鳳蝶アゲハさま。浅倉さんの人生を彩る登場人物が続々と出てきて参りましたね」

 

 私は変わらず宗胤しゅういんと向かい合いながら、ちくたくとカウントダウンを続ける爆弾のタイマーを横目に見た。

 二時間九分。宗胤と会話を始めて、まもなく一時間が経とうとしている。

 

「それで、浅倉あさくらさんは以降その叶韻蝶会きょういんちょうかいとやらに身を置くことになるわけですね」

「白々しいですよ。こんな情報、既に織り込み済みでしょう」

「わたくしが既知かどうかはこの際問題ではありません。この会話はあくまで、浅倉さんの人生の振り返りでございますので」

 

 状況に納得はしていない。しかし今は宗胤の言う通りに私は私の人生を振り返り、その中で宗胤の目的を探るより他に手がなかった。

 そして今、私はひとつの気づきを得る。

 

叶韻蝶会きょういんちょうかいは平成六年に設立された歴史の浅い組織です。他の有名な信仰団体のように信者が数百万人もいるような大きな集まりではなく、会員も二〇〇名ほどしかいない小さな集団だ。だからこそ、叶韻蝶会きょういんちょうかいの拝礼方法や導きの教えは他から逸脱しないように、既存のものを参考にして取り入れ、アレンジする形をとっていました。それで私、思い出したんです。叶韻蝶会きょういんちょうかいが手本としている作法は確か、あなたの所属する教琳寺院きょうりんじいんのものだったんじゃないかって」

 

 宗胤は眉毛を上げ、いけすかない顔で音の鳴らない拍手を数回打った。

 

「その調子ですよ、浅倉さん。教琳寺院きょうりんじいんは元々、阿弥陀如来様を本尊とする浄土真宗。浅倉さんは無宗教と伺っておりましたので、今回この部屋の仏壇にはご覧の通り阿弥陀様を飾らせていただきましたが、仏壇には鳳蝶アゲハさまのお写真を飾るべきだったかな、とわたくし今更ながら後悔を」

「そんな話をしているんじゃないです。そもそも叶韻蝶会きょういんちょうかいなんて世の中のほとんどの人に認知されていないし、私が叶韻蝶会きょういんちょうかいの会員であることはその後の裁判・・・・・・でも明かされてはいません。どのメディア媒体も週刊誌も、取り上げることはしていなかったはず」

「浅倉さんが会員である事実を知っていたのは前田清玄まえだきよはる鳳蝶アゲハ……そして黒函くろはこ莉里りり。それくらいだったのでしょうね」

 

 宗胤の態度に、私は思い切りため息をつく。

 

「いいかげんにしてください。いちいちそのとぼけた調子が癪に障るんですよ。あなたいったい私から何を聞き出したいんですか? こんな回りくどいことしなくても分かることならさっさと教えますから、いい加減このやり取りやめましょうよ、時間の無駄だ」

 

 その時。宗胤はズイと上半身を乗り出して顔を寄せると、私の胸ぐらをひねるようにして掴み上げた。その鼻頭はぴくぴく痙攣しており、かろうじて口角は上がっているものの目に光はない。

 

「……さっきから無駄だとか中止しろだとか、お前にそんなことを選ぶ自由なんてねえよ。犯罪者がカステラ食わせてもらって紅茶啜って、一瞬でも人間に戻れた気になったか? あ? 意見してんじゃねえ。覚悟も捨てちまえ。お前の死に時は俺が決めるんだよ」

 

 豹変した宗胤の顔を見て、私の記憶は揺さぶられた。会ったことがあるのか? ならば何故、私はこの男の顔を思い出せないのだろう。

 

「喋りな。そして考えろ。あと二時間、お前は俺が何をしたいのか理解できないままモヤモヤして過ごせ。お前に出来ることはそれだけだ」

 

 宗胤は私の胸元を突き離すと、何故か自身の襟首を正した。それは乱れた心を落ちつかせるように、焦る気持ちを隠しているように私には見えた。

 目を瞑り、唇を窄めて長く息を吐いた宗胤は、肩の凝りをほぐすように数回腕を回すと目を開け、そして微笑む。

 

「さてと。えっと、どこからでしたでしょうか。あ、そうそう黒函くろはこ莉里りり。次はあなたが二番目に殺した・・・・・・・彼女の話をしましょう。どう出会い、どのようにして殺害に至ったのか。その経緯をお話ししてもらいましょうかね」

「嫌だと言ったら?」

「あなたが守り続けたものを、力尽くで破壊する」

 

 宗胤は取り乱しはしなかった。私は言われた通りに考える。宗胤の策に乗り、このまま語り続けることで私に不利益が生まれることはまずあり得ない。

 おそらく宗胤は私の隠し事・・・を予測し、そして疑っている。だがそれを暴いたところで今後なにが変わるわけでもない。

 

 あと二時間一分。

 耐え忍べば、私の勝ちだ。

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