5
前田くんはふっと鼻から息を抜いて笑うと前髪をかきあげます。どうやらこの仕草は彼の癖のようでした。
『
前田くんの口ぶりは少しばかり小癪でしたが、私は前田くんという人を多少なりとも認めていたので受け流します。というのも、前田くんは私の過去を知った上で尚、恐怖や同情を態度に表さなかったからです。
その頃の私にとって、それは重要な事でした。
『前田くんの罪って?』
『それは追々。今はとにかく、きみを
前田くんは部屋の中央に
こんな人は同じ学校にはいなかった、と。
階段を上り切り、空中に浮かぶ小さな橋を渡ると、金色の装飾が施された重厚そうな扉の前で前田くんは立ち止まりました。
『
前田くんが言えば、瞬時に扉の鍵の解鍵音が鳴ります。
『僕が伝えた注意を忘れないように。いいね?』
扉の取手を握り、奥へと押す前田くん。扉は想像したより軽そうで、開いた瞬間もわりと甘ったるい匂いが顔面を撫でました。
室内では二つの加湿器が白い蒸気をあげていて、洞窟のような湿った感じを覚えます。左右に置かれた観葉植物は部屋の真ん中に向かって
その部屋の最奥。高い背もたれの椅子に鎮座する女性は、白いレースのハイネックノースリーブにドレープがふんだんに入ったワインレッドのロングスカートを身に纏っています。
『ようこそ浅倉潤さん。わたしが
黒いフェイスベールで鼻から下を隠した
『急なお呼び立てにお応えくださり、感謝します。今日はあなたに幾つか訊きたいことがあるのです。よいですか』
『はい』
『不躾だとは思いますが時を
女の子。
『すみません。覚えていません』
『そう、ですか』
『あの』
私が会話を繋ごうと口を開けば、前田くんがそれを制します。
『では次の質問をします。少年院を退院してから数ヶ月、浅倉さんは今の生活に満足していますか』
『はい』
『本当に?』
『本当です』
『肩身の狭い思いをしているのではないですか』
この時やっと、私は前田くんの誘いを受けて
私はなにかの集団に加わる気はなかった。それでも前田くんについて来てしまったのは、やはり彼の纏う雰囲気が私を拒絶しなかったからに他ありませんでした。
どう回避しよう、そう言い訳を考えているうちに気づけば、
『わたし達と生活を共にしませんか。我々はあなたを受け入れる。蝶だって、醜い幼虫からじっと
『あなたは耐えた。蝶になる素質が十分に備わっているのですよ、
そう名を呼ばれて、伏目に視線を落としていた私の瞳孔は揺れました。
潤だなんて名前を呼ばれたのは久しぶりすぎて、私は決して似ても似つかない母の声に
——それは、幸せを求める欲が私に生まれた瞬間でした。
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