叶韻蝶会
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平成二十四年 十二月十三日
三ヶ月前に少年院を退院した私は保護観察の元、社会復帰を果たしていました。東京都足立区柳原にアパートを借りることができ、清掃業の職も得ます。
この日は最寄りの北千住駅から東武スカイラインを使って浅草駅で降り、公会堂の床及び窓清掃を行っていました。私は少年院での職業訓練で理容科とクリーニング科を経ていて、退院を果たした他の者より比較的早い段階で日常を取り戻しつつあったのです。
行き交う人々の足元を横目に、私は床を注視します。割りかた綺麗に保たれていた公会堂も、時にはガムなどを吐き捨てる者がいるのです。子供の仕業に違いない、そう自分に言い聞かせて清掃の意欲を保ちながら、私は床にへばりついたガムと格闘していました。
『あれ。もしかして浅倉くん?』
顔を上げれば、そこに立っていたのは真っ白なカッターシャツを着た青年でした。私はまじまじと青年の顔を見ますが、知り合いかどうかピンときません。
『僕、
『前田……』
『ほら、中三のとき浅倉くんは二組、僕は四組。宮本とか谷山とかが二組だったと思うんだけど。三年ぶりだよね、懐かしいな』
さらさらな黒髪のマッシュヘア、その前髪をかきあげながら前田くんは私に微笑みました。
『すみません、覚えてないです』
『そっか。その格好は仕事中、だよね』
『はい』
『明後日の夕方は空いてる?』
『なんでですか』
『ちょっと話がしたくてさ。久しぶりだし』
そう言って、前田くんはしゃがみ込む私に視線を合わせるように腰を落とすと、一枚の名刺を差し出しました。そこには紫と青のグラデーションカラーで煌びやかに羽ばたく蝶が描かれていて、前田くんの名前の前には“
『
『うん、今日ちょうどこの公会堂で集会をやっていてさ。興味があったらって思ったんだ。浅倉くんはこれまで大変な思いをしてきただろうから、その気持ちを少しでも軽くできたらって』
前田くんは私の手からガムを取るためのヘラを取り上げると、両手を掴んで包み込むように胸前まで持ってきます。
『力になれると思う。とにかくさ、一度だけでも会ってみてよ。三代目
明後日。前田くんと連絡を取り合った私は、再び電車に乗り浅草駅まで来ていました。迎えにきてくれた前田くんの車に乗り込み、しばらく揺られると住宅街への細い道を左折します。徐行しながら奥まった場所まで行くと、とある白い建物の前で前田くんは車を停めました。
『さあ、今日は僕が掛け合って特別に
前田くんはそう言うとニタリと口角を上げます。
『ひとつ。
私は黙って頷きました。
一昨日と同じ白のカッターシャツに、今日はキャメル色の小ぶりなリュックを背負った前田くんは、六角形の建物のドアに鍵を差し込むと解鍵します。
建物の中は至ってシンプルでした。入口を背にして五つある壁の全てに同じ形の扉があり、扉の上部には左から医務室、幹部室、食堂、拝堂、寮、と札が付いています。天井は吹き抜けで、ど真ん中には螺旋階段。入り口から螺旋階段までは直線にレッドカーペットが敷かれていて、見上げれば螺旋階段から繋がる渡り廊下の先にまた、扉がありました。
『カーペットの上は土足厳禁だから靴を脱いでね。あ、靴下履いてる? なければ貸すけど』
『あのさ前田くん』
『うん?』
『僕が父親を殺したこと、きみは知っているんだよね。それはその、
——前田くんが一瞬表情と動きを固めたことを、私は見逃しませんでした。
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