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右手、小指の側面がジンジンと痛みました。十五歳の頃の私は非力で、包丁を父の背中に振り降ろしたと同時に手が滑り、刃の下部にぐっと押し付けられたからでした。
差し込んだ包丁を抜き取る為に父の腰あたりを足の裏で蹴り押し、倒れた父の背に馬乗りになってさらに二度、包丁を刺しました。
芋虫みたいに身体をくねらせ痛みに耐えていた父も、数分経たないうちに意識を失いそのまま息絶えました。
私は立ち上がります。床に伏せる母と父が漢字の八の字のように横たわっているのがなんだか滑稽に思えて、私はしばらくその場で二人を眺めていました。
太陽が夜に呑まれると、アパートに女性が訪ねてきました。その人は母の勤めるスナックのママで、状況を確認すると私の肩を掴みながら諭すようにこう告げます。
すぐに自首をしなさい。そして母親は父親より後に死んだことにするの。あなたは母親の命の危機に直面して、無我夢中で父親を止めようと包丁を手にした。その後のことはよく覚えていない、そういうことにしなさい、と。
その言い訳に何の意味があるのか、最初は理解できませんでした。そんな些細な経緯が違うからといって、結局私が父を殺した事実に変わりはないからです。
ですが私が家庭裁判所に送られ、検察官に逆送されるとようやくその意味が分かります。検察はしきりに私に殺意があったのかどうか、父親に恨みがあったのかどうかを尋ねてきました。
私は父が好きでした。毎年誕生日を祝ってくれた父が好きでした。そう心に言い聞かせていると自然と涙が出た。母の死顔を見ても流れなかった涙が、溢れて溢れて止まりませんでした。
平成十三年に少年法が改正され、刑事罰の対象年齢が十六歳以上から十四歳以上に引き下げられたこともあり、検察側は私に懲役十年以上十五年以下の不定期刑を求刑しました。
ですが結局、裁判所は弁護側が主張した情状酌量を受けて私に懲役四年八ヶ月の実刑判決を下したのです。
これが最初の殺人でした。もう十五年も前の話になります。私は実刑を受けたものの、十五歳という年齢もあって少年刑務所ではなく今でいう第四種少年院に身を置くことになりました。そこは今までと大差のない退屈な日常に秩序という毛が生えただけの、孤独で無機質な世界でした。
それでも、私はその世界にそこそこ満足します。少年院で出される食事は質素こそあれ温度があった。母から投げ渡される千円札で買うジャンクフードより何倍も腹の底が満たされたのです。日夜雨戸の閉まったアパートよりも断然明るく、ゴミ袋の山からタバコの火が燃え移り
私は秩序を守りました。殺人犯でありながら、他の者の手本になる程に更生において模範でありました。そうして私は、四年八ヶ月という刑期を大幅に短縮した三年一ヶ月で仮退院を果たしたのです。
爆弾が爆発するまで二時間三十分。
テーブルの上に置かれたままの
——宗胤は何者だ。
どうしても目的が知りたい。今は圧倒的に差のある関係をせめて対等なところまで持っていきたい。そして、それは私が喋るだけでは埋まらない。
「宗胤さん」
「どうしましたか。話を続けてください」
「そうはいっても、私だけおしゃべりするのも味気ないんです。宗胤さんが教誨師なら、私が喋りたくなるように導くのもまた、役割なんじゃないですか」
「それは一理あります」
「だったら。私の質問にも答えてください」
どうぞ、と宗胤。
「私のせいで、宗胤さんの人生の糧が崩れ去る。あれはどういう意味ですか」
「そのままの意味ですよ。わたくしの教誨師としての人生は本日をもって終了する、そういうことです」
「どうしてですか。なぜ辞めるんですか」
「目的を失ったからです」
「それが、私のせいだと?」
「はい」
それ以上の言葉を待っても、宗胤はまっすぐ私を見るだけで口を開かなかった。
私は私の人生をよく理解している。出会い、関わった人間の顔は忘れない。だが宗胤の顔や声に覚えはないし、私が犯した罪の記憶にも紐付けることは出来なかった。
無言の時間、宗胤はそっと首にかけている細い帯に触れる。
「仕方ありませんね。そんなにわたくしのことが気になるのでしたらお教えします。わたくしはつい先日まで、ごく一般的でまともな僧侶でした。二十九歳の時に
「同じなわけないでしょう。私は犯罪者ですよ、それも殺人犯。むしろあなたとは真逆の存在です」
「でも才がある。革命家とは時に、人を狂わせる悪魔的な魅力が備わっているもの。その呪縛は死んでも尚、人の心を捕らえ続ける」
宗胤と私を結ぶ罪の糸が、姿を表し始めた。
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